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第二十四話

リトはその女性のような顔立ちからは想像できない、低い艶のある声で不思議な物語を語り始めた。

「始まりはビッグバンの後、父祖がふらふら銀河を散歩していて、青い惑星を見つけた所からだ。惑星は近くの他の星々と違って、青く輝く宝石だった。父祖がのぞくと青い水の中でうにょうにょ動くものがある。丁度、子供が昆虫に夢中になるように、父祖もその星の生き物に魅了された。

暫くして、自分も生き物を作りたくなった。父祖は大きな生き物を置きたかった。青い星にある物を材料にペタペタやって創り上げた。父祖がフウッと息をかけるとそいつは命を持った。同じ種類の物を二つ作り、片方に卵を産ませた。

恐竜はしばらく、父祖を楽しませた。戦わせて遊んだり、より強いやつを増やしたり。でも管理が悪かったのか全部死んでしまった。父祖は泣いた。少し青い星をほっといた。
でもまた寂しくなって、今度は自分に似たものを作った。小さく、小さく作った。命を吹き込む時、息ではなく、自らの血液を少し垂らした。

父祖の血液には清らかな感情と共に、あらゆる欲望の感情も含まれている。父祖は新しく創った生き物が、その血による強い欲求のために混乱するかもしれないと不安に思った。その為、自らの血液に含まれる欲望の感情は封印した。

父祖は小さな生き物も二つ用意した。その二つが愛し合うのを見たくなり、一つの魂を気をこめて生み出した。ハートの形に柔らかく輝く魂を、手で二つに引き裂くと、父祖は小さな生き物にそれぞれ一つずつ渡した。父祖は一つの魂を持つ二つの生き物がお互いを求めあい、のんびりと生きるのをゆっくり見て楽しんだ。

そんな風に夢中になる物を持つ父祖を羨む者がいた。そいつは父祖が昼寝している間に、こっそりいたずらをした。新しく創られた二つの生き物に与えられた、父祖の血液の欲望の封印を解いてしまったんだ。

そのいたずら野郎が誰なのかは判明していない、ということになっている。何しろ星導師の中で父祖に会ったことのある奴はいないから、問い正したくても不可能なんだ。俺なんかより流はずっと長く生きているが、父祖に会ったことはないんだろ?」

「ああ」 

さらりと流は答える。リトより流の方が年上なんだ……。確かにリトの方が流より身長は低いし、美青年というより、美少女に見えるけど……それにしても二人とも十七、八か、せいぜい二十歳くらいにしか見えない。

リトよりずっと長く流は生きている……。自分の手に、じんわり汗が滲むのを感じた。流は私の気持ちを感じ取ったのか、私の手を握る左手にまた少し力を入れた。

「色々な思いもあるだろうが、今はこっちの話に集中してくれ」

二人の年齢のことへの質問を逡巡して硬直していた私にリトが言った。私は顔を上げてリトを見た。グリーンの瞳はまっすぐ私を見つめている。何に対してか自分でもわからないけど、負けてたまるか、という思いを込めてその美しい瞳を見返した。リトは軽くほほ笑むと話を続けた。

「神々は父祖に会えるらしいが、父祖に関してはトップシークレット扱いでいくら聞いても何も言わない。ただ、大いなる存在、といことだけだ。そしていたずら野郎はその父祖に並ぶほどの力を持つ者だ、と星導師の間では推測されている。

そのいたずらによって欲望の封印を解かれた地上の小さい生き物は、父祖の不安通り激しく混乱した。ただ楽しかった毎日を、もっと快適なものにしたくなった。なんでも欲しくなる欲望も強くなった。

父祖が昼寝から起きた時は、生き物はグルグルまわって泡を吹きそうになっていた。また死んでしまうのではないかと焦った父祖は、新たに小さい者を増やした。

父祖は増やした生き物にも血液を垂らしたが、すでに欲望の封印が効かなくなっていて、一つの魂で結ばれている最初の生き物二人を後から増やした二人が誘惑して襲った。焦った父祖はハートの魂を生み出して二つに引き裂き、新しい生き物にも与えた。

父祖は血の欲望をもう一度封印することはできなかったが、生き物の聖なる感情の方を強化することはできた。それによって地上の生き物は一旦、安定した。

生き物達は自分で考えて、青い星にあるものを利用して色々造った。食べ物を作る畑、自分たちの住む家、家畜を殖やす牧場などだ。そして何より驚いたことに、彼らは分裂していった。小さい生き物より、さらに小さい生き物が増えていく。

父祖はその光景に衝撃を受けた。なぜなら増えていく生き物は、とても弱々しく頼りなげでやわらかく、愛らしかったから。

父祖は嬉しくなり、ハートの魂を作ってその愛らしい生き物にあげた。もちろん、半分に割って渡した。愛らしい生き物が大きくなってから自らの魂の片割れを求めあい、愛し合えるように」

私はリトの語る話から、一人ひとりが持つ魂は葉っぱみたいな形をしているのかもしれないな、と思った。ハートを半分に割った形。なんとなく、ブロークンハートというイメージが強くて、ちょっと寂しい感じがする。