第五十八話  『イケメンの迫力』


「朔也さんは──あたしに惹かれているとは思いません。あたしにかまうのは妹≠セからだと思います。単に」

 あたしはちょっと強めに答えた。実際、朔也さんがあたしに惹かれるとは思えないし。

「そうかな」

 吉崎さんはあたしをじっと見つめる。「そうです」とあたしは自信を持って言い返す。すると彼はクッと笑い出した。

「面白いね、君は」

 吉崎さんは楽しげに笑っている。あたしは何が面白いのか全然分からなかった。でも、彼が笑ってくれたので少しホッとした。

「まぁ、あいつは昔から世話好きだったからな。一見頼りなさそうで、守ってやらなきゃならないタイプに見えるのに、本当は人に頼られるのが好きなんだ」

 吉崎さんは笑いながらあたしを見下ろす。

「特に妹≠ネんて存在ができたら、制限無く猫可愛がりできるだろ? 他人ならいつか離れていく。だけど妹≠ネら、この先いくらでもかまってやれる。今のサクには、そういう存在が必要なんだろう」

「……そうですね」

 あたしは納得して答えながら、なにかどこか、捉えようのない寂しさに襲われていた。あたしは妹≠ネんだ。朔也さんの大切なきょうだい。永遠に、それ以上の存在にはなれない。

 あたしは寂しい気分を振り払うために、吉崎さんと朔也さんが並んでいるところを想像してみた。うーん、すごい迫力。朔也さんと新が並んでいてもかなり目立つけど、 吉崎さんの場合、また違うインパクトがある。

「小花さん」

 声を掛けられ、あたしは吉崎さんの引力のある顔から目を離した。声をかけてきたのは真由さんだった。珠美さん以外のお友達も後ろについてきている。真由さんはあたしを見ていたけど、友達ふたりは興味津々で吉崎さんを見ていた。まぁ、気持ちは分かる。だってすごい美男子だもの。

「良かったらそちらの方、紹介してくださらない? お知り合いなんでしょ」

 真由さんは優しい微笑を浮かべて(こんな笑顔、あたしに向けたの初めて!)、あたしに言った。

「えっと、知り合いというか……。あたしも初対面なんですけど。あの、吉崎さんです」

 あたしはとりあえず、吉崎さんを紹介した。真由さんは、もうアンタに用は済んだというように、サッサと吉崎さんの方を向く。

「初めまして。香月真由といいます」

 真由さんは肩をすくめて、可愛らしくお辞儀をした。後ろの二人も割り込むように、次々と名前を名乗る。吉崎さんは群がる女子たちを至極冷静な視線で捉え、おもむろにグラスと掲げると「どうも」と挨拶した。それだけ。

 吉崎さんが他に何も言ってくれないので、真由さんは肩透かしを食らったようだ。例え社交辞令であったとしても、当然出るであろう褒め言葉も、真由さんに興味を持ったような質問も、何もない。吉崎さんは視線をそらし、気だるげにグラスを傾けて飲んでいる。

「吉崎さんはどちらにお勤めなんですか」

 真由さんが一歩前に出て自分から質問した。どうやら引き下がる気は全然ないらしい。

「そうだな。勤めてるというか、経営してるよ。IT系のベンチャーだけどね。モバイルのアプリ制作を請け負ってる」

「えっ、じゃあ社長さんなんですか!?」

 きゃー、すごぉい! と三人が騒ぎ出す。あたしもちょっと驚いた。この人、自分の会社を持ってるんだ……。

「素敵ですね〜。それで、どちらに会社をお持ちなんですか?」

 真由さんが勢い込んできく。他の二人もさらに吉崎さんに近づいた。真由さんはいつの間にか、吉崎さんのすぐそばまで近寄り、甘えるように彼を見上げている。ほとんど身体を密着させているといってもいいくらい。

 吉崎さんは不意に冷たい表情になった。手に持っていたグラスを一気に空けると、軽くため息をつく。

「申し訳ないが、今は小花さんと話してるんだ。遠慮してもらえないか」

 真由さんは大きく目を見開いて硬直した。口元に残った笑みが、中途半端に凍りついている。吉崎さんはあたしの背中に手を当てると、促すようにその場から離れた。

 あたしはオロオロしてしまった。吉崎さんは真由さんのことが気に入らなかったのかしら……。それにしても会話の切り方がすごい。ナイフでスッパリ切ったみたい。どうしよう。真由さんの機嫌が悪くならないといいんだけど……。

「お客様、お飲み物はいかがですか?」

 新の声がした。横からトレイに乗せたカクテルを、あたしたちに向けて差し出している。吉崎さんは氷がいっぱい入ったアルコール飲料を取った。トレイの上にはジュース類がなくて、あたしは何も取れない。

「失礼ですが、桜森小花さんですか」

「は、はい」

 新に突然言われてびっくりした。返事をすると、新は軽くうなずく。

「伝言が入っております。お手数ですがこちらにお越しください」

 ビジネスライクに新が続ける。あたしは困惑しながらも、首を縦に振った。新が歩き出したので、吉崎さんにお辞儀をして急いで後を追った。廊下に出て、大きな柱の影、人目から死角になる場所まで来る。新が立ち止まった。そして突然ふりかえり、あたしの腕を掴んで、廊下の壁に押し付けた。そうやって新は壁にあたしを追い詰め、上から覆いかぶさるように見下ろしてくる。

「なんなんだよ、あいつは!」

 新に問い詰められ、あたしはポカンとしてしまった。新は渋い顔で怒ったようにあたしを見ている。

「えーと、吉崎さんのこと?」と聞いてみた。「今、あたしと一緒にいた」

「そーだよ! なんだよ、アイツ。ひとの妹とベッタリしやがって。それにな、お前もホイホイついていくなよ。そりゃ、いい男だけど……オレと同じくらいイイ男だと思うけど、もしアイツがものすごく手の早いヤツだったらどーすんだよ!」

「ちょ、ちょっと待って」

 あたしは両手で新の胸を押しとどめた。壁際に追い詰められるのは怖い。でも新は、とりあえずあたしのことを心配してくれてるみたいだし、説明しなきゃ。

「あの人は、朔也さんの知り合いなんだって。だから少し話してただけだよ」

「──サク兄の?」

 新は少し目を見張ると、壁から手を離し、片手をあごに当てた。

「そうか、あれがサク兄の対策≠フひとつか……」

 新がぼそりとつぶやく。「た、対策って何?」とあたしは聞き返した。迫りくるイケメンの圧迫がなくなってホッとした。吉崎さんも迫力あるけど、新も相当なものだ。

「対策っていうのは、お前にピックンとか、その他のオトコ共が迫ってこないようにするための手段だよ。兄貴はあの吉崎ってヤツをお前に張り付かせることで、変な男が寄ってこないようにけん制してるんだ。それにしても──」

 新はウンザリしたようなため息をつく。

「よりによって、あんなレベルの高い男をつけるか? 他の男じゃなくて、あいつと小花に何かあったらどうするつもりなんだよ」

 新はチラッとあたしを見る。

「お前、あいつに惚れたんじゃないだろうな」

「──」

 あたしは新を無表情で見つめ返した。もう、なんだって新はそんなこと気にするんだろう。確かに吉崎さんは美形だと思うけど……。でも見た目がいいというだけで、すぐに相手を好きになるかな。誰かを好きになるってそんな単純なこと?