第五十六話  『カクテル』


「おい、あんまりいつまでもビックリ顔でいるなよ。真由に気付かれる」

 あたし慌てて口を閉じた。新がさりげなく飲み物を差し出してくる。あたしはオレンジ色をした液体が入ったグラスを取ろうとして、新に聞いてみた。

「これはお酒じゃないですよね?」

 新は口元に微笑を浮かべると「はい。そちらはソフトドリンクになります」と答えた。見事にウェイターになり切っている。新ってこんなに気取った声が出せたんだ……。

「ご要望があれば、カクテルもお作りいたしますが」

 新に訊かれて、あたしは急いで首を横に振った。大体、あたし未成年だし……。お酒なんて飲んだこと無いもの。新は軽く頭を下げると、去り際に「なるべく見てるからな」と言い残して行った。それであたしは、新がここでウェイターをやっているのは、真由さんのことを警戒してるからなんだ、と気がついた。

 多分、どうにかしてウェイターのバイトにこぎつけたのだろう。あたしはなんだか、感動してじーんとしてしまった。あたしのために、わざわざウェイターをやってくれるなんて……。

「ねぇねぇ、あなた真由のイトコなんでしょ?」

 そう言って横からヒョイと顔を出したのは、真由さんの友達の中のひとりだった。少しぽっちゃりした、背の低い女性だ。確か、珠美と呼ばれていた人だと思う。彼女は大きなお皿に沢山の料理を乗せている。ニコニコしていて人懐っこそう。あたしはとりあえず笑顔を返した。

「ええと、わたしは真由さんのイトコじゃないんです。一番下の弟が真由さんの従弟に当たるというか……」

「ああ、そーなの? アハハ、あたし何回聞いてもわかんなくなっちゃうの。ようは、真由の親類ってことかな?」

「あ、はい……。まあ、そんなようなもんです」

 親類、とはちょっと違う気がするけど、 あたしはうなずいておいた。

「そっかぁ。ま、なんにしても真由んとこはすっごいお金持ちよね」

 口をモゴモゴさせながら珠美さんは言う。しゃべっている間中、次々と料理を口に運んでいる。

「着てるものも、持ってるものも、イイものばっかだしさァ」

「そうですね。うらやましいです」

 あたしが言うと、珠美さんは意外そうな顔でこっちを見た。

「なんで? あなたも超お嬢様なんでしょ?」

「いいえ、うちはビンボーなので」

「は? どゆこと?」

 珠美さんは不思議そうな顔で、あたしの方に身を乗り出してくる。それでも、食べるのはやめない。

「わたしはたまたま、真由さんの従弟の兄弟に引き取ってもらえただけなので。住むところがなくなっちゃって困ってたら、おいでって言ってもらえたんです」

 あたしは説明した。珠美さんは「へーえ」と言って目を丸くする。

「そうなんだぁ、ラッキーだね。じゃあ、ここで頑張って玉の輿狙わなくちゃね」

 うふふ、と笑いながら冗談めかして珠美さんが言う。あたしは彼女に好感を持った。変に気取ってないし、人懐っこいから話しやすい。

「ねぇね、これ食べてみなよ。おいしいよ」

 珠美さんが自分のお皿を指し示す。確かにおいしそうなエビチリが乗っている。あたしは自分も食事をするために取り皿を取った。

 「こんばんは」と声を掛けられたので振り返ると、スーツ姿の男性が三人、あたしと珠美さんの横についた。「君たち学生?」と聞いてくる。

「あーほら、中野ダメじゃん。彼女、料理取ろうとしてたのに邪魔しちゃってるよ。あ、オレ森本っていいます。よろしくー」

 右横の男性が、最初に声をかけたひとの前に出て、あたしの手から取り皿を取った。

「これ取ろうとしてたの? こっちかな?」

 森本と名乗った人が、エビチリをお皿に盛り付ける。他にも春巻や焼売らしきものも一緒に乗せてくれた。

「適当に取ったから、嫌いだったら残しちゃって」

 森本さんはあたしにお皿を渡してくる。「あ、ありがとうございます」と言ってあたしはお皿を受け取った。そうしたら最初に声をかけた人が、サッとお箸を差し出す。

「すっ、すみません」

 あたしは男性たちのサービスにオタオタしてしまった。テーブルの端にグラスを置き、急いで箸を受け取る。

「ごめんねー。食べるの邪魔して。あ、おれは中野っていうんだ。ウェブデザイナーやってます」

「僕は斉藤です。プログラマーです。その春巻は凄く美味しいと思います」

 あたしは矢継ぎ早に言われて少し混乱したけど、「桜森小花です」と名前だけは答えた。それから勧められた春巻を箸で取り、口に運んでみる。春巻は少し冷えていたけど、中がトロッとしていてとっても美味しい。あたしは思わず「あ、おいしい」とつぶやいた。

「でしょー? エビチリもイケるよ」

 中野という男性がまた声をかけてくる。あたしはエビチリも食べてみた。確かにぷりぷりしていて、エビの味と辛味とが口の中に広がって美味しい。あたしの隣では珠美さんが、またエビチリを食べている。よっぽど気に入ったのだろう。

 あたしと珠美さんは三人の男性に囲まれていた。「キミたちいくつなの? 若いよね」と中野さんが聞いてくる。

「ハタチでーす」

 珠美さんが答える。あたしも「十八です」と告げた。そのあとも「学生なの?」とか、「誰の知り合いなの?」とか、次々に質問される。あたしと珠美さんはそのつど答えた。そして勧められたものを食べる。

 そうしてるうちに段々周りに人が増えてきた。あたしは『ドレスに食べこぼしのシミを付けないように気を付ける』と『質問になるべくにこやかに答える』を繰り返していて緊張の連続だった。辺りに目を配る余裕も無い。

 こんなにたくさんの男の人に囲まれたのは生まれて初めてで、質問される度に上手く応えられているのかヒヤヒヤだった。珠美さんは慣れているのか、声を掛けてきた男性と適当にしゃべっている。

 あたしは料理を取るついでに、サッと近くを見渡した。真由さんとそのお友達二人がたくさんの男の人たちに取り巻かれている。真由さんはとびっきりの笑顔で男性たちと話していた。こういう場≠ノ真由さんは、かなり慣れているのだと分かる。

「はい、あーんして」

 急に横から箸がニュッと出てきた。横にいた中野さんの持つ箸だ。いい具合に酔いが回った状態の中野さんが、あたしに鶏の唐揚げを食べさせようとしている。中野さんの横で森本さんが「中野てめ、間接キス狙ってんだろォ」とつぶやくのが聞こえた。

 あたしは目の前の唐揚げを見て焦った。え……。これ、どうすればいいの? 断る? でも断ったら、なんか角が立つ気がするし……。

「お客様、こちらのカクテルはいかがですか」

 中野さんの前に、トレイが差し出された。トレイの上には、ライトブルーから深い青へと色の層がついている、綺麗なカクテルが乗っている。目が釘付けになるくらい美しい、見事な色合いのお酒だった。もちろん、トレイを持っているウェイターは新だ。

 中野さんは眼をしぱしぱさせ、一瞬ポカンとしたあと、あたしに差し出した唐揚げを自分で食べた。それからカクテルを手に取る。

「うわー、キレイ!」

 珠美さんが声を上げる。 中野さんは手にしたカクテルを目の高さまで持ち上げて、しみじみと見た。南国の海の様な、幻想的な色合いのカクテルをじっくり目で楽しむ。それからグラスを口につけ、一気に半分くらい飲んだ。

「お、うめっ」

 中野さんが言った。「マジ? おれにも飲ませろよ」と森本さんが言う。「やだね」と言い返し、中野さんは全部カクテルを飲んでしまう。

「ね、かっこいいウェイターさん、これあなたが作ったの?」

 珠美さんに聞かれて、新はニッコリ笑う。

「はい。私が作りました。いつもはバーテンをしておりますので。よろしければお作りいたしますよ」

「あたし、甘いのがいい!」

「かしこまりました。それではお客様の可愛らしいイメージに合う、ピンク色の甘いカクテルをお作りいたします」

「うれしい〜。すごい楽しみ。ウェイターさん超絶イケメンだし、ステキィ!」

「ありがとうございます。よく言われます」

 新は極上の笑顔を見せて言った。珠美さんはポーとした顔になる。他の男性客たちからも、「おれもカクテル飲みたい」「俺も頼む」と声が掛かる。

 新に注目が集まったおかげで、あたしはその場から少し離れた場所に移動できた。