第五十四話  『赤ピクミン』


 六時に真由さんが迎えに来た。真由さんは肩を出した深い赤のドレスを着ていた。たて巻きパーマがかかった髪に、ドレスと同じ色のヘアバンドをつけている。

 真由さんはとにかく、ものすごくあでやかだった。アイメイクも上手で、クルンとカールした長いまつげが目をふちどっていて、とってもきれい。

 あたしは真由さんのあでやかさに目を見張ったけど、真由さんもあたしを見た途端、息を呑んだのがわかった。ほんの一瞬顔がくもり、目つきが鋭くなる。でもすぐに気を取り直したのか、笑顔をつくって「お待たせしたわね。行きましょう」と言った。

 あたしは見送ってくれるニノさんと優くん、それと彼に抱っこされている留夏に手を振った。真由さんは馬鹿でかくて化粧の濃いニノさんを見て、嫌悪感も露わに眉をひそめた。相変わらず気に入らない人には挨拶もせずに、そそくさと歩き出す。

 真由さんについて表門まで出ると、タクシーが待っていた。先に真由さんが乗り込み、あたしも後に続いて横に座る。

「それじゃ、ベルティーユまでお願いね」

 真由さんが慣れた様子で運転手さんに伝えた。あたしは真由さんに「どこでパーティをやるんですか?」と訊いた。

「ベルティーユは結婚式場なの。駅からのアクセスもいいし、お食事がとてもおいしいから、タカくんが会場に決めたみたい。楽しみね」

 赤い唇の両端を吊り上げて、真由さんは完璧な笑顔を作った。でもそれはバービー人形みたいに作られた顔に見えた。

「朔也と新はどうしたの? 姿が見えなかったけど」

「ええと、二人とも今日は午後からいないんです。なんか用事かあるって……」

 実際、あたしも二人がどこに行ったのか知らなかった。ニノさんのドレスを見せたかったのに、朔也さんがいなくてガッカリだ。

「ねぇそのドレス、どちらのブランド?」

 真由さんが興味深げにあたしのドレスを見て言った。

「あ、これは知人に作ってもらったんです。裁縫が得意なひとがいて……」

 真由さんは頬に手を当て、眉をくもらせた。それから困ったような笑みを浮かべる。

「あら、それじゃドレスは手づくりなの? 本物のプロが作ったものじゃないのね。そういうのって縫製とか心配にならない? 突然ほつれたりしちゃいそうで、わたしなら怖くて着れないわぁ」

 あたしはムッとしてしまった。なんだかニノさんが作ってくれたドレスを馬鹿にされてるみたい。素人でも、プロ並みの腕の人などいくらでもいるだろう。あたしのことを馬鹿にするのはかまわないけど、ニノさんを見下す言い方は我慢できない。

「信用してる人なので、大丈夫です。あたしは気になりません」

 キッパリ言うと、真由さんは鼻白んだ顔になった。あたしは雰囲気が悪くなるのもイヤだし、「真由さんのドレス、すごくあでやかで素敵ですね」と言ってみた。真由さんはたちまち機嫌を直し、嬉しそうにニッコリ笑う。

「これ素敵でしょ! 今日の為のオーダーメイドなのよ。デュドネ・オラールっていう新進気鋭のパリのデザイナーが作ったデザインなの。ちょっといいお値段がしたけど、さすがに着心地は最高だわ。その辺の得体のしれないドレスとは大違いよ」

 自慢げに言われて、あたしはとりあえず「お似合いです」と返しておいた。こういうひとは、とにかく褒めておけば機嫌が良いと相場が決まっている。

「今日はね、わたしの大学のお友達も呼んだの。他に女性がいるかどうか分からないけど、わたし達だけじゃ寂しいかな、と思って」

 真由さんはご機嫌なまま言う。あたしは「そうですか、分かりました。」と答えた。知らない人が増えるのは気が重いけど、どっちにしても真由さんだって、よく知ってるひとでもない。女の子同士でキャピキャピするのも苦手だし。話しやすそうな人がいればいいけど……。

 車は、あたしが今まで来たことのない大通りを通っている。片側二車線の左側を走っていたタクシーは、目の前にあらわれたお城のような建物の敷地内へ入っていく。どうやらここがパーティ会場になる結婚式場らしい。

 タクシーはロータリーを回り、正面玄関のすぐ前で停車した。あたしが先に降り、真由さんがあとに続く。あたしはタクシー代の半分を払おうとしたけど、真由さんは「パパの会社の経費だからいいのよ」といった。

 先に立って歩き出した真由さんのあとを、あたしは付いて行った。ゆったりと自信に満ちて歩く真由さんの姿は、さすがにとても美しい。優雅な歩き姿で式場のベルティーユに入ると、真由さんは通りかかった従業員にタカくんのパーティ会場の場所を聞いた。

「会場はお二階のアゼリアの間です。中央階段を上っていただくか、あちらにエレベーターがございますのでご利用ください」

 従業員の説明で、真由さんはエレベーターに向かった。式場は床のほとんどが絨毯張りで歩いても音がしない。あたしはホッとして真由さんに続いた。二階に上がる階段は結構長い。パンプスには大分慣れたけど、途中で突っかかって転げ落ちる羽目になったら間抜けだもの。

 エレベーターで二階にあがり、絨毯張りの廊下を歩く。式場の中はとても豪奢な造りになっていて、明るくて可愛らしい結婚式場というより、アンティーク調で品が良いというイメージだった。あたしは大理石の円柱やキューピッドのオブジェが珍しくて、周りをキョロキョロしながら歩いた。

 「真由さん!」と呼ぶ高っ調子な声が響いた。前方を見ると、突き当りのアゼリアの間の前で、タカくんが出迎えている。タカくんの今日のスーツは、なんと全身赤。赤といっても真っ赤ではなく、深みのある濃い赤だ。図らずも真由さんのドレスとペアのように見えてしまう。タカくんはヨダレが出そうなほどデレッとした顔で、真由さんに向かって小走りに近づいて来る。

「ようこそ、笹山貴之主催『イプシロン』設立記念パーティへ! ああ、真由さん……っ。いつもお美しいですが、今日はまた格別に輝いていますね!」

 タカくんが大げさとも言える態度で真由さんを誉めそやす。真由さんは「お招きいただいてどうも」と挨拶を返した。あたしは後ろにいるので真由さんの顔は見えないけど、きっと満面の笑みを浮かべているのだろう。 とにかく、褒められるのが大好きみたいだから。

 あたしは、真由さんがタカくんにあたしのことを改めて紹介してくれるのかと思った。でも彼女は何も言わず、ツンとした様子で前を向いたままだ。あたしは仕方なく、自分で一歩前に出て「新会社設立おめでとうございます。今日はご招待いただき、ありがとうございます」と挨拶した。

 言ってから、なんだか急にこの場にいるのがツラくになった。やっぱりこんな高級そうな場所は、あたしに似合わない。貧乏が体に浸みついているあたしは、いくら頑張って綺麗なドレスを着たところで、場違いなことに変わりないもの……。

 タカくんがあたしの方に視線を転じた。あたしはとりあえず、笑みを浮かべた。社交辞令プラスニノさん仕込みの営業用スマイル。

 タカくんはあたしを真正面から見ると、目をまんまるにして、口をパカッと開けた。そのまま数秒間、硬直してあたしを見る。あたしは笑顔が引きつりそうになった。隣で真由さんがイライラしたように足を踏みかえる。

 タカくんは開いていた口を急に閉じた。そのせいで、間の抜けたパフッという音が鳴る。それからその顔に徐々に血が上り、見る見るうちにタカくんは真っ赤になった。

「こ、これは、これは……ようこそお出で下さいました! ええと、真由さんの大学のお友達でいらっしゃいますよね?」

「えっ……いいえ、違います」

 あたしはビックリして、両手を振って否定した。真由さんが忌々しげに鋭く息を吐いて言う。

「タカくん、この方は朔也の妹の小花さんよ。先日パーティにご招待したでしょ?」

 真由さんに言われ、タカくんはまた目を真ん丸にした。「ええ!? こっ、小花さん?」と言いながら上から下まであたしを見る。真由さんはタカくんの腕を軽く引っ張った。

「そうよ。今日の為に頑張ってオシャレをしてきたの! 確かにこの前とは違う人みたいだけど、そんなにジロジロ見たら小花さんに失礼よ」

「ここここ、これは失礼!」

 焦ってタカくんはあたしから目を逸らした。顔は真っ赤なまま。全身赤に加えて顔まで赤くなったのを見て、きっと新なら赤ピクミン≠ニ言うだろうな、と勝手に思った。