第四十二話  『痛い視線』


「ほら、落ち着いて。オレの肩につかまって、ステップに足をかけてから、ゆっくり降りるんだ」

 あたしは新の指示に従って、どうにか地上に降り立った。ヘルメットを取って、ホッと息をつくと新が笑ってあたしを見る。

「小花。お前、ジェットコースター嫌いなタイプだろ?」

 新はあたしの脱いだヘルメット手に取り、バイクの座席に置く。あたしはまだどこかボーっとしたまま答えた。

「ジェットコースターって、乗ったことない」

「は? 乗ったことない?」

「うん。ていうか、そういうテーマパークに行ったことが、ない」

「うげっ、マジかよ?」

 新は信じられないという顔であたしを見る。

「今時の若いもんが、遊園地にも行ったことないってか?」

「……だって、遊びに行くのって結構、お金かかるし」

「うーん、そりゃまぁ、金はそれなりに掛かるけどさ……」

 新は自転車屋さんの駐車場から、お店の出入り口へ向かって歩きながら、納得したようにため息をついた。

「よし。ならそのうち、オレが連れてってやるよ」

「えっ!?」

「なんだよ、そのえ!?≠トのは。オレと一緒じゃイヤなのかよ」

「イ、イヤなんてそんな……。そうじゃなくて、なんていうか、そのぅ……申し訳ないというか、恐れ多いというか……」

「あのなぁ、お前。そういう時は、きゃー嬉しい、ありがとう! とか言って、ニコニコ笑ってりゃいいんだよ。男はそれだけで舞い上がっちゃうんだからさ」

 言ったあと、新はあたしの頭をチョンと小突いた。あたしはどうにも理解できない思いで新を見上げて聞き返す。

「……そんなものなの?」

「そうそう、そんなもんだよ。さ、チャッチャと自転車買って、茶でも飲みに行こうぜ」

 あたしは新のあとを追いながら、男性は女の子が喜ぶだけで、そんなに嬉しいものなのかなぁ、と考えた。そういえば高校のとき同じクラスで、いつも男の人から色んなプレゼントをもらうって自慢してる女子がいたっけ。確かにあの子は明るくて、キャピキャピ、キュルキュルしてた気がする。要するに、喜び上手な女の子はモテるってことなのかしら……。

 新が連れて来てくれた自転車屋さんは、自転車のみを取り扱う専門店で、店内はかなり広くて商品も充実していた。新はその中から、あたしに合いそうな自転車をテキパキ選んでくれた。というか、決定してくれた。

「これにしろよ。オールアルミで軽いし、三段だけど変速もついてるし、色もピンクでかわいい。電動にはしなくていいのか?」

 あたしはうん、とうなずいた。電動自転車となると、値段がかなり高くなる。今のあたしには贅沢すぎるもの。

 新はあたしが了解してすぐ、店員さんを呼んで支払いを済ませた。その後も防犯登録や保険の契約なんかで、結構時間がかかった。保険は入るかどうかかなり迷ったけど、新が「入っておいて損はないだろ」、というので、有難く入らせてもらった。自転車は幸い在庫もあり、今日乗って帰っても大丈夫だという。

 あたしはじぃんとして、目の前にある新しい自転車を見つめた。こんなにキレイな自転車が自分の物になるなんて、すごく嬉しい。大事にしなくちゃ。

「チャリはニノのおっさんとこへ行った後、取りに来るからな。それまでここで預かってもらえるように言っといたけど、ほんとにそれでいいのか? オレのバイクで家まで帰って、自転車は配達してもらってもいいんだぞ」

 新はそう言ってくれたけど、あたしは丁重に断った。配達してもらうと別料金がかかるし、何より新しい自転車に早く乗ってみたかったからだ。

「はー、終わった、終わった。小花、なんか飲もうぜ」

 新は外に出ると、大きく伸びをしながらあたしに言う。新とあたしは自転車屋さんの近くにあった喫茶店に入った。そこは煉瓦造りのこじんまりとしたお店で、今流行りのカフェ≠ニいうより、古めかしく喫茶店≠ニ呼ぶのがふさわしい感じがした。

 新は店員さんに「ふたり」と告げて、案内してもらった窓際の席にドッカリ座る。あたしはちょっと緊張しながら向かい側の席に腰かけた。

「ねぇ、新。ここ禁煙席だって言ってたけど、新はタバコ吸わないの?」

 早速メニューを開いて注文品を見始めた新に、あたしは訊いた。

「タバコは十五でやめた」

 しゃあしゃあと言った後、新はメニューをあたしに差し出す。

「お蔭で腹が減ってさ。俺はコーヒーとフレンチトーストにする。お前は? なにがいい?」

「ええと、あたしは……」

 必死でメニューを見る。あんまり外食をしたことがないし、ましてお茶を飲むためだけに喫茶店に入ったことのないあたしは、どんなものがあるのか分からなくてオロオロしてしまう。

「──じゃあ、カフェオレにする」

「ケーキでも食えよ、ケーキでも。女の子が飲み物だけで、オレひとりでもの食ってたらなんかマヌケだろ?」

 そうかなぁと思ったけど、新は通りかかった店員さんに「今日はなんのケーキがありますか?」と聞いている。店員さんの答えは、ケーキはメニューに載っているものすべての種類がそろってます、ということだった。新が「どんなケーキか見に行こう」と言うので、一緒にケーキの並んでいるショーケースまで見に行くことになった。

 「生チョコケーキがいい。これが美味そう」と言うと、新は店員さんを呼んで勝手に注文してしまう。あたしはケーキなんてものを食べられるだけでも有難いから、種類はどれでも良かったけど、新の強引さにはビックリさせられる。

 ケーキが運ばれてきたら、「味見させて」と言って、三分の一ほど食べてしまった。でも自分で頼んだフレンチトーストも、一口分ナイフで切ってフォークに刺すと「ほら、食べてみろよ」と差し出してくる。あたしは新と間接キスになってしまうので、一瞬ためらった。でもどうせ兄妹なんだし、まぁいいや、と思って食べてしまった。

「うー、なんか甘いもんばっかで頭痛くなってきた。昼飯はラーメンにしようぜ」

 新はお昼ご飯も勝手に決めてしまった。トーストもケーキも自分で頼んで食べたくせに、文句をいいながらゴクゴクコーヒーを飲む。それでも、新のそういう強引でありながらもおおらかなところは、どうしても憎めない。なんでだろう。カッコイイから?

 そういえば喫茶店に入ったときから、なんとなく視線を感じることに気がついた。近くに座っている三十代くらいの奥さんたちも、お店の奥の方に座っている大学生くらいの女の子も、注文したウェイトレスも、みんながチラチラ新のことを見ている。

 そしてもちろん、一緒にいるあたしのこともジロジロとチェックされる。なんだかもう、視線が痛いくらい。前髪カーテンがものすごく懐かしくなる。

「なんだよ、どうした。元気ねぇな」

 新は手を伸ばすと、あたしの髪をツンツン引っ張った。あああ、やめてよ。恋人同士でイチャイチャしてるみたいじゃない。おかげでますます、周りの女性の視線が鋭くなった気がする。