第四十話  『お着替え』


 次の日の朝は快晴だった。ピンクのカーテンから漏れる陽の光りは、結構強い。梅雨のあいまの夏日かも。今日は暑くなりそう。

 あたしは七時に起きた。特に夢は見なかったけど、なんとなく頭が重い。起きた途端に彼女≠フことが頭の中に甦る。もう、気にしすぎだってば!

 気持ちを切り替えるために、立ち上がって大きく伸びをした。凝った肩がパキパキ鳴る。着替えようと思い、クローゼットの中を確認する。もちろん昨日と変わらず、可愛い服がいっぱいある。でもまだフリフリのワンピースを着こなす自信はない。

 あたしは裂けたボストンバッグから三年物のTシャツとジーンズを引っ張り出した。それをベッドの上に置く。そして昨日買ってもらったブラをピンチハンガーから取る。

 ブラは昨日の夜お風呂に入る前、裸になったついでに全部試着してみた。着け心地を確認して大丈夫だと分かったので、夜の内に洗って干しておいたのだ。五つあるブラの中から、水色のブラを一つ選び、あとはクローゼットの奥にしまう。パジャマを脱いで、ブラジャーをつけてみる。

 昨日ブラのサイズを測った時、ニノさんに教えてもらったやり方で、丁寧にブラをつけた。ええと、カップにしっかり胸をおさめて、ストラップがねじれてないか確かめて、背中側のホックもよれてないか確認する……。

 どうにか上手く着けられたみたい。良かった。なにしろ今まで伸びきったファーストブラで胸を適当に覆ってきただけだから、ちゃんとしたブラジャーの着用感にまだ慣れない。なんだか、胸をわしづかみにされてるような気がして息苦しい。

 とりあえず、着なれた自分のTシャツを頭からかぶってホッとした。髪を綺麗に切ってもらっても、ビンホー根性からはそう簡単に抜け出せるもんじゃない。

 あたしは部屋から出て一階へ降りていった。まっすぐ台所へ行く。朔也さんはすでに起きていて、テーブルで食事をしていた。今朝は和食で、ご飯と味噌汁に焼き鮭というメニュー。テーブルの上には、各席にひとりずつの食事が用意されていた。

 ランチョンマットの上に焼き魚と、伏せられたお茶碗とお椀、お箸が綺麗に並べられている。今日の朝食当番は優くんだと昨日聞いた。焼き鮭はほどよく焦げ目がついていて、食欲をそそる。彼はまだ十五歳なのに、料理の腕はかなりのものだ。

 あたしがドアを開け、台所に入ると朔也さんが「おはよう」と挨拶してくれる。留夏も食卓についていて、小さなごはん茶碗を持ったままニッコリ笑ってくれた。あたしは二人におはようの挨拶をした。朔也さんはあたしの服装を見て、即座に渋い顔になる。

「小花、クローゼットの下の引き出しには、ワンピース以外の服も入ってるよ。Tシャツとズボンも買ってあるから、着替えておいで。ボトムスはウエストが分からなかったから、ストレッチ素材のものにしといたよ」

 そこまで言われてしまっては、このままでいいです、とも返せない。あたしは部屋に戻って、クローゼットの下にある引き出しを開けた。

 上の段の引き出しには色とりどりのTシャツ、下の段にはジーンズなどのパンツ類が入っている。Tシャツとはいっても普通の白いものではなく、フリルやレースのついたものや、かわいいイラストがプリントされているものばかりだった。手触りも凄く柔らかく、縫製もしっかりしている。あたしが某ファッションセンターで買う一枚五百円のメイドイン某人民共和国とは全然質が違う。

 今日は白地に猫のイラストが入った、シンプルなものにした。ボトムスは七分丈のジーンズを選ぶ。今まで着ていたヨレヨレの服を脱いで新しいものに着替えた。

 まずTシャツ。これは思ったより体にピタリとくる。Lサイズだったけど、さしてゆとりもなくボディラインにしっかりフィットする感じ。新しいブラに包まれたバストの形も、情け容赦なく露わにされてしまう。ニノさんが選んでくれたブラのお蔭でバストラインは綺麗に見えるけど、ヘンに胸が大きく、目立つような気がする……。

 あたしは続いてジーンズを穿いてみた。さすがストレッチ素材。お尻もすんなり入って、キツくもゆるくも無い。何度かスクワットしてみたけど、特に苦しくは感じなかった。朝方の空気は少し肌寒かったので、クローゼットの中に羽織るものはないかと探してみる。ぶらさがっているワンピースの間から薄地の前開きパーカーが見つかった、淡い水色で、Tシャツとの色あわせもおかしくない。

 パーカーをハンガーから外し、羽織ってみた。大きさはぴったり。パーカーのすそ部分には白いレースがついていて可愛らしい。そのちょっとしたアクセントのおかげで、Tシャツとジーンズにパーカーを羽織っただけのシンプルな服装に華やかさが加わる。さすが朔也さん、普段着選びも乙女路線に妥協はないらしい。

 あたしは台所に戻ろうとして、ふと立ち止まった。朔也さんはどうして、あたしの服のサイズを知ってるんだろう。あたしの身長は百六十センチで、日本の女性の平均身長より少し高い。もし標準的な女性の身長から服を選んだのだとすると、Mサイズを選ぶことになるはず。それが、服はきちんとLサイズでそろえられている。……てことは、朔也さんはあたしの身長やある程度の体系を知っていたことになる。

 あたしは立ち止まったまましばらく考えていたけど、すぐに答えは見つかった。母さんだ。朔也さんは、今よりかなり前に母さんと連絡を取っていた。その時、あたしのことを聞いたのだろう。母さんがあたしの服のサイズを知っていたかどうかは、ちょっと疑問の残るところだけど、それしか正解が見つからないもの。なんだったら後で朔也さんに訊いてみてもいい。

 あたしはドアを開けた。うち開きのドアをグイッと引いた途端、「おわっ」と言う声が聞こえた。そしてあたしの足元に誰かが倒れこんでくる。あたしは驚いて「ひゃあ!」と叫び、後ろに飛び退った。

 その人物はあたしの部屋に転がり込むように入ってきた。倒れた勢いで床に両手と両膝をつく。あたしの悲鳴を聞いた朔也さんの「どうした!?」という声が一階から響く。

 「イテテ」、といって顔を上げたのは新だった。猛ダッシュで階段を上がって来た朔也さんが、一瞬で状況を判断し、四つんばいになっている新のお尻を蹴っ飛ばす。

「てめぇ、妹の部屋覗くんじゃねえ!」

 新は蹴とばされて一度床に突っ伏したけど、急いで顔を上げて反論する。

「の、覗くなんてしてねーよ。ただちょっと、コノちゃんは起きてるかなぁって気になって、様子を伺ってただけだ」

「立派な覗きじゃねぇか」

「あっ、失礼な言い方〜。覗く≠ニ伺う≠ナは、かなり意味合いが違いますぅ。ボクは小花が元気かどうか心配して、物陰からそっと様子を伺ってたの!」

 新は兄に苦しい説明をしながら 立ち上がる。二人はあたしの部屋の入り口で向かい合った。朔也さんはあくまで冷たい視線を弟に向けている。

「自分のチカン行為を正当化しようとする、さもしい変質者の言い訳にしか聞こえん」

 朔也さんは新の言い訳をバッサリ切り捨てる。留夏が二人の間から顔をのぞかせた。あたしに向けて手を伸ばし、下へ行こう、と誘うようにパーカーの裾を引っ張る。あたしは留夏を抱き上げた。「うん、下に行こう。まだご飯途中でしょ?」というと、留夏は大きくうなずいてニッコリ笑った。かわいい笑顔。天使みたい。朔也さんはため息をついてから言う。

「よし、朝ごはんの続きだ。新、お前少しは早起きしてあの汚部屋を片付けろよ」

「ええ? だって、年末に大掃除したじゃん」

「今は六月だ。半年間一度も掃除しないのもスゴイが、たった半年であれだけ汚れるのも凄いな。まったく、あそこで一晩寝たかと思うとゾッとするぜ」

 朔也さんは首を振り振り階段に向かって廊下を歩き出した。あたしは留夏を抱っこしたまま、後を追う。新の横を通り過ぎる時、新が留夏に向かい、歯をむいてイー≠ニする。留夏はあっかんべーで返した。

 あたしはその様子を見て、思わず吹き出した。新の行動には確かに呆れてしまうけれど、留夏を邪険にせずかまってくれたりするから、なんだか憎めない。