第三十一話  『おねだり』


「へぇえ、そうなの。美容院に行くの? この子が?」

 ニノさんはあたしのもつれたボサ髪を、眉をひそめながら見つめる。それからまたあたしの全身をジロジロと見回した。

「ふぅん……そう。確かにこの幽霊ヘアを変えれば少しはマシになるかもね。そういうことなら、サッサとブラを選んじゃいましょ。最低でも三つか四つは必要よね」

 言いながらニノさんは手早くC70のブラをピックアップしてくれる。あたしはたくさんあるブラの中から、どうやって自分のサイズを探したらいいのかもよく分からなかったので、選んでもらえて有難かった。

 ブラの色って、思ったよりもカラフルなんだなぁ……。あたしはニノさんが選んでくれたブラの中から、一つをそっと手に取った。ピンクの花の刺繍が可愛い。

 なんだか突然、選ぶのが楽しくなってきた。微妙に形の違うブラたちを手に取って見ていると、朔也さんがニノさんに向かって言った。

「それと、肩ひものないブラも一つ頼むよ」

「え? ああ、ストラップレスね。分かったわ。夏が来るから肩を出したいのね」

「というか、ドレスを着る予定なんだ。だから紐がない方が無難かと思って」

 朔也さんに言われて、パーティのことを思い出してしまった。せっかく楽しくなった気分が薄れてしまい、急に胃が重くなる。

「ドレス!? 誰がドレスを着るの? ルディが?」

「違う、俺じゃないよ。もちろん、小花が着るんだよ」

「まぁあ、このユーレイがドレスを? 夜の墓場でお化けの集会でもあるワケ?」

 ニノさんは、本気なのか皮肉なのか分からない口調で言いながら、肩ひもなしのブラも選んでくれる。紐のないブラって、見るからに頼りなさそう。コレってずり落ちたりしないのかしら……。

「いや、香月家からの誘いでパーティに出席することになったんだ。それほど大きな集まりじゃないらしいけど、一応盛装だって言われてね。ドレスも買うことにしたんだよ。あ、小花。そこから四つブラを選んで。それと肩ひものない方もひとつ」

「は、はい」

 朔也さんの指示通り、あたしは普通のブラを四つと紐なしを一つ選んだ。そしてパンツも新調することになり、一枚三百円のバーゲン品から穿けそうなのを探した。朔也さんは好きなのを買いなよ、と言ってくれたけど、セール商品を選ぶのはあたしの本能になってしまっている。

 ニノさんはというと、急に大人しくなってしまった。「パンツのサイズはM〜Lを選んで」と言ったきり、黙っている。あごに手を当てて、何かを考え込んでるみたいに見えた。

「じゃあ、これでお願いします」

 朔也さんがランジェリーをレジまで運んでから言った。ニノさんは我に返ったように、ハッと顔を上げ、レジカウンターまで急いで来る。会計すると全部で四万円近くなった。あたしは少しでもお金を出そうとしたのに、朔也さんは笑って止めて、手早くカード払いで済ませてしまった。

 あたしは何度もお礼を言った。自分の身に着けるモノの為に、一度にこんな大金を払うのは初めてだったので、ものすごく恐縮した。

「サイズは同じでもブラによって形が違うし、着け心地も人によるから、合わなかったら早めに言って。ちゃんと交換するからね」

 心ここにあらず、という顔でニノさんが言う。あたしはお礼の挨拶をして、朔也さんと一緒に出口に向かった。ドアの前まで来たとき、「ルディ」とニノさんが声を掛ける。あたしと朔也さんが振り返ると、彼は意を決した顔で朔也さんを真っ直ぐ見た。

「あのね、お願いがあるの。アタシにその子のドレスを縫わせてくれない?」

 あたしは驚いてポカンと口を開けた。朔也さんもキレイな形の眼を大きく見開いている。ニノさんはそんなあたしたちを見て、軽くため息をついてから申し訳なさそうに言った。

「ええ、ええ、そうよね。迷惑だって分かってる。でも……でもね、アタシ女の子の服を作ってみたいの。カワイイ服が好きで、オトコが好きで、どうしても偽りの自分でいることに耐えられなくて、三年前商社勤めを辞めたのよ。

 今は親のやってたこの店継いで、好きなように裁縫もできるけど、ゲイバーで着る自分の馬鹿でかい服を作るのが関の山なの。つまんないのよ、もう。ホンモノのおっぱいのある女の子の可愛い服を作ってみたいの!」

 懇願するように両手を胸の前で組み、ニノさんはまくし立てるように言った。あたしと朔也さんは困惑したまま、お互いの顔を見た。なんだか一気に言われたのですぐに呑み込めなかったけど、要するに、あたしがパーティで着るドレスをニノさんが自分で作りたいってことなのかしら……。

 朔也さんはあたしから目を離し、ニノさんに視線を移す。肩をすぼめて背を丸め、大きな身体を縮めながらおねだり≠フポーズをしているニノさんの様子は、悲壮感が漂っていた。女の子がやれば可愛らしく見えるのかもしれないけど……ニノさんがやると、ハッキリ言って奇怪な上、痛々しくさえ見える。

 朔也さんはそんなニノさんを安心させるように、少し微笑みを浮かべて言った。

「小花のドレスを作りたいってことだよね? ありがとう。でも……、パーティは二週間後なんだ。ニノさんはお店もあるし、夜はバーで勤務する日もあるだろう? いちから作るのは大変じゃないかな」

「なんとかするわ。もし作らせてくれるなら、寝なくったって構わない!」

「それは無茶だよ」

 朔也さんは両手を上げてニノさんを止めた。それから困った顔であたしを見る。

「小花、ニノさんはこう言ってるけど、どうする?」

 突然自分に振られてあたしは焦った。ニノさんがあたしのドレスを作る……。このお店に飾られている下着を見ると、彼の好みはかなりアブナイものの様な気がする。

 チラリとニノさんを見ると、強力な懇願の視線であたしを見ていた。断ったら、この場で殺されるかもしれない。