第二十九話  『バストサイズ』


「……おかしいわね。退散しないわ」

「ニノさん、その子は俺の妹だよ」

 朔也さんが冷静な声で告げた。ニノさんは「何ですって!?」と驚愕の声を上げる。

「ウソよ、嘘でしょ? あり得ない。全っ然似てないじゃない! 分かったわ。アンタその幽霊に取り憑かれた上、精神も支配されちゃったのよ。大体、妹がいるなんて今まで言ったことなかったし。ああん、困ったわ。どうしたらルディが目を覚ますかしら」

 身悶える巨漢のニノさんは、あたしとは違う意味で不気味だった。朔也さんは筋肉がガッシリつまったニノさんの肩を優しく抱き寄せる。ニノさんは頬をポッと赤く染めた。朔也さんはニノさんの耳元に口を近づけて、諭すように説明をする。

「この子は父の二番目の妻の子供なんだ。今まで別々に暮らしてたんだけど、昨日から同居することになったんだよ。分かった?」

「も、もう……ルディったら、そんなノーマルな格好の時迫らないでよ。アタシの弱点は耳だっていつ知ったの? ドキドキしちゃうじゃない」

 ニノさんはウフフと笑ってから、大きな肩で朔也さんの身体をドン、と小突く。朔也さんの説明を聞いていないのかと思ったら、彼(彼女?)は突然、あたしを真っ直ぐ見た。さっきとは全く違う鋭い視線。じっくり上から下まで舐めるように観察している。

「──ダメね!」

 吐き出すようにニノさんは言った。腕を組んで仁王立ちになる。

「ダメよ、あなた。全然ダメ。髪型も服のコーディネイトも最悪よ。女として完全に死んでるわ」

 ニノさんはズバリと真実を突く。そういうところは白金兄弟と同じだけど、ムキムキのニノさんが言うと迫力が倍増される気がした。

「ルディ、あんたの妹℃リりるわよ」

 ニノさんはいきなりあたしの腕をつかむと、引っ張りながら店の奥に向かって歩き出した。あたしはよろめいてしまったけど、グイグイ引かれるのでついて行くしかない。朔也さんに助けを求めようと思って振り返ったのに、彼はニッコリ笑って手を振っているだけ。

 うわぁん、コワイよ! どうしよー。

 ニノさんはあたしを試着室の前まで連れて行き、カーテンを開ける。「入って」とドスの効いた声で言われて、仕方なく靴を脱いで試着室に上がった。ニノさんもあとからついてくる。そこは結構広めのスペースがとってある場所で、大きなニノさんとあたしが一緒に入ってもまだ余裕があった。

「お脱ぎ」

 鋭い視線を向けたまま、ニノさんがあたしに言う。あたしはポカンとしてニノさんを見返した。言われた言葉の意味は分かったけど、驚きすぎて反応が出来ない。

「だからっ、その鬼ダサい服をさっさと脱ぎなさい。そうしないとブラのサイズが測れないでしょ!? 出来ないならアタシが脱がすわよ」

 ニノさんは両手を上げて襲い掛かりそうな体勢をする。うわっ、ツキノワグマみたい! あたしは怖すぎてアワアワしてしまったけど、涙目になりながらもどうにか聞き返した。

「あの、脱ぐって……どこまでですか?」

「全裸になったって構わないけど、とりあえず上半身だけでいいわ。ああ、大丈夫。アタシは同性だから裸見たって欲情しないわよ」

 ニノさんは満面の笑顔を浮かべて言った。笑っても怖い。手にはいつの間にかメジャーを持っている。あのピッタピタの服のどこから出したのかしら。

 あたしは震える手をTシャツの裾に掛けた。ここまで来たら脱ぐしかない。もし何かあっても、すぐ外には朔也さんがいる。大声を出せば助けてくれるだろう。それにこのニノさんが危険人物だったら、最初から朔也さんがあたしを預けるわけないもの。

「きゃあ、何そのチチバンド! そんなものつけてるから綺麗なバストラインが出ないのよ。まったく、アンタほんとに女なの? どうしたらそこまで自分≠放棄できるワケ?」

 あたしがTシャツを脱いだ途端、ニノさんは嫌悪感も露わな声を上げる。あたしは恥ずかしくて下を向いた。だって……ブラジャーなんてどうやって選んだらいいか分からないんだもの。

 母さんは胸が目立ち始めた中学生になっても、あたしにブラの選び方なんて教えてくれなかった。最初は何枚もタンクトップを重ねたりして胸のふくらみをごまかして来たけど、段々限界が来て、仕方なくサイズがあまり関係のないファーストブラを自分で買った。

 そこからはずっと、ただ被るタイプのスポーツブラ系のものを選んできた。なんとなくだけど、レースのついた普通のブラを使って母さんに見つかったら、怒られた上、捨てられてしまう気がしたからだ。こんなもの買って色気づいてんじゃないわよ、とか言われそうで。

「なにやってるの? ソレも取んのよ」

 Tシャツを脱いだまま突っ立っていたあたしに、ニノさんが気忙しく命令する。あたしはじんわり冷や汗をかいた。ブラを取ったら胸が丸見えになる。それは恥ずかしい。

 でも取らないとニノさんがコワイ。大きな身体で出入り口の前に立ちふさがっているから、逃げ出すことも出来ないし……。ニノさんはすでにメジャーをピーッと伸ばして、いつでもあたしの胸を測れる体制になっている。

 あたしはひとつ息をつき、思い切ってヘロヘロのファーストブラを取った。とにかく早く計測が終わって欲しい一心で。ニノさんは「アラ」とつぶやく。

「あなた結構いいバストの形してるじゃない。大きさも程よいし。多分……Cね」

 そう言ってから、ニノさんは信じられないことを言い始めた。

「ルディ! あんたの妹なかなかのおっぱいしてるわよ。こっち来て見てみなさいよ。乳首も可愛いピンク色よ〜」

 なっ、何言ってんの!? この人ぉ!