第二十七話  『誤解』


 あたしと朔也さんは新に「行ってきます」の挨拶をした後、駐車場に向かった。白金家の駐車場は新が洗濯物を干していた中庭を、更に奥に進んだ場所にあった。

 六月の初めの今、中庭と駐車場の仕切りのために植えてある低灌木は、長く枝を伸ばし始めていた。灌木には人が通れるほどのすき間があって、駐車場に出入りできるようになっている。その先にコンクリートで固められた広いスペースが見えた。

 駐車場には大型のワゴン車が一台と、小回りの利く軽自動車が一台、それとボディが黒と赤に塗られた大きなバイクが一台停まっていた。

 朔也さんは軽自動車に向かって歩いていく。歩きながら鍵を出し、リモコンでガチャリと施錠を解く。朔也さんは助手席側をキーで指し示しながら、「乗って」とあたしに向かって言った。

 あたしが助手席に乗り込むと、運転席の朔也さんがエンジンをかけた。車は快調にすべり出し、他にも五台は停められそうなほど広い駐車場を抜けて公道に出た。

「十分くらいで着くからね」

 朔也さんが教えてくれる。あたしは「うん」と返事した。男性が運転する車に乗せてもらった事なんかないから、変にドキドキした。車の中って密室だし、助手席から運転席はひどく近すぎる気がする。何をしゃべったらいいか、全然分からない。

「──小花、ごめんな」

 突然、謝られてあたしはポカンとした。訳が分からず、驚いて朔也さんを見る。朔也さんは、さっきから気になっていたあの悲しそうな顔をしている。あたしは返事に窮して、呆然と彼を見つめた。

「良く考えれば、やっぱり俺の独りよがりだったんだ。新の言うことは正しい」

「──え?」

「小花には、小花の好みがあるってことさ。俺は小花が喜ぶと思って部屋の家具や服を選んだ。でも小花が真由ちゃんにあたしにはあの部屋が合わない≠ニ言った時、俺は自分の思いを小花に押し付けていたことに気が付いたんだ。ほんと、ごめん。小花には苦痛だったよな?」

 ハンドルを操作する朔也さんの横顔は、落ち込んで、沈んで見えた。あたしはもう、ただ、ただ、呆気にとられていて、咄嗟に言葉が出てこなかった。

「どうしてもあの部屋がイヤなら、もっと違う家具に変えてもいいよ。今日は無理だけど、今度俺が休みの日にインテリアの店に行ってもいいし──」

「違います!」

 あたしの声は叫び声に近かった。朔也さんは息を飲んであたしを見る。赤信号で車が止まっていて良かった。

「あ……、えっと、違う。違うの。あの部屋は好き。すごく気に入ってるよ」

 困惑した顔であたしを見返す朔也さんは、問いかけるように首を傾げる。あたしは必死で言葉を続けた。

「真由さんにあの部屋が合わないって言ったのは、あたしの外見とあの部屋が合わないってことを指摘されて、自分でもその通りだと思ったからなの。あたしの暗いイメージとあの部屋は合わないと思うけど、部屋が気に入らないわけじゃないの。あそこにいるとすごくステキで、夢みたいで……、だから、苦痛なんて全然思ってない」

 朔也さんはほんの少し目を見張って、無言であたしを見ていた。ピッとクラクションを鳴らす音が聞こえる。信号が青になったのに動かなかったから、後ろの運転手が警告したらしい。

「──それ、ほんと? 俺に気を遣ってるワケじゃない?」

 車を発進させて、前を向いたまま朔也さんが訊いた。あたしは首を大きく振って、うんうん、とうなずいた。朔也さんは「そうか……それなら良かった」とささやくように言ってから、やっと表情をゆるめてくれた。

「誤解させるようなことを言って、ごめんなさい」

 あたしは自分が真由さんに言ったことが、朔也さんを責める形になってしまったことを申し訳なく思って言った。朔也さんは軽く笑うと、首を横に振る。

「勝手に誤解したのは俺だよ。小花が謝る事じゃない」

「あ、あたし……こんなこと言ったら失礼かもしれないけど、真由さんの物言いにカチンと来ちゃって……それでつい、突っかかるような言い方しちゃったの」

 あたしは正直に自分の気持ちを打ち明けた。こんな風に、誰かに自分が感じたことを話すのは初めての経験だ。朔也さんはハハッと笑う。

「失礼なんかじゃないよ。あの子は相手が自分より格下だと判断すると、タカビーな態度に出るんだ。不愉快な思いをさせて悪かったね」

「いえ……。真由さんはとってもキレイな人だから、自分にすごく自信があるんだと思うな」

「自信を持つのは悪い事じゃないけどね、自分中心に世界が動いていると信じてるのが困ったとこだ。それにキレイっていうか……。まぁ、化粧は上手いかな。昔と顔が違って見えるし」

 昔、ということは、朔也さんは以前から真由さんのことを知っていることになる。あたしはまだ人と会話することにビクついていたけど、相手は実の兄の朔也さんだ。頑張って質問してみよう。

「朔也さんは真由さんと、小さい頃から親しいの?」

「真由ちゃんは小学三年の時、うちの近所に越してきたんだ。俺は彼女の三つ上だから、一年間だけ学校の登校班が同じだった。その後はあまり接点はなかったけど、俺が高二の年に親父と留夏の母親が結婚したから、香月家と親戚になったんだよ。

 俺が音大に通っていた頃、真由ちゃんにピアノを教えて欲しいと頼まれた。俺はまだ学生だからちゃんとした先生についてもらった方がいい、と言って断ったんだけど、どうしても俺に教わりたいって強くお願いされてね……。結局押し切られたんだ」

 朔也さんはウンザリしたような、自嘲的な笑みを浮かべて言った。