第二十五話  『ファーストブラ』


「そんでどうするよ、肝心要のパーティの件は」

 新はクッションに寄りかかり、あたしの方を見ながら言った。あたしたちは香月夫人たちが帰ったあと、母屋の居間に集まっていた。

 優くんだけはまた部屋に入ってしまったけど、他のメンバーはこの部屋で思い思いにくつろいでいる。留夏は朔也さんの腕から離れて、寝そべりながら絵本を読み始めた。ラディも留夏のそばで長々と伸びている。

 朔也さんはさっきとは少し違う、堅い表情で伏し目がちになった。カエル騒ぎで中途半端になってしまったけど、あたしがタカくん主催のパーティに出なければならないのは、確実だもの。

 あたしも不安だけど、こんなみすぼらしい妹を知人のパーティに出さなければならない朔也さんの心境も容易に想像できる。きっとあたし以上に不安だろう。

 真由さんは、女の子は立ってるだけで華だ、とか言ってたけど、あたしが華のある存在になれるわけがないのは、誰が見ても明らかだからだ。

「──まずは美容院に行くとこからだな」

 朔也さんはそう言った後、やっとあたしに視線をよこした。優しいけど、どこか沈んでる瞳……。なんとなく、さっきから朔也さんがあたしを見る目が暗い気がする。あたしは朔也さんを怒らせるような事をしてしまったのだろうか。

「ドレスも新調しよう。真由ちゃんは貸してくれると言っていたけど、小花の方が真由ちゃんより少し背が高い。この際、体形に合った服を着た方が小花も楽だろう。早速これから出かけるとするか」

 出かけると言われて、あたしは急に我に返った。朔也さんの様子に気を取られていたせいで、外出するのがあたしの為だという自覚がなかった。美容院って、もちろんあたしが行くんだよね……。どうしよう。髪の毛はいままでほとんど、工作ばさみを使って自分で切るしかしたことないのに。

「服も必要だけど、下着もなんとかした方がいいぜ。コバナのパンツは白の木綿だし、ブラに至っては中学生使用のカップのないファーストブラだからな。あれじゃあ、キレイなボディラインが出るワケがない」

 あたしは息を飲んだ。なんで新があたしの下着のことをそんなに詳しく知ってるの……? 血の気が引く思いで、新に質問する。

「あ、あの……あたしの下着、見たんですか?」

「ああ、もちろん見たさ。今日の洗濯当番はオレだから、洗って干したぜ」

 なんてこと! 昨日、留夏とお風呂に入った時、下着はあとで洗おうと思って洗濯カゴの横に置いたのに、そのまま忘れちゃったんだ。しかも洗われてしまった……!

「なっ、なんでほっといてくれなかったんですか!? 自分で洗いたいから別にしといたのにっ」

 あたしは恥ずかしさのあまり必死で抗議した。新は心外そうに唇をとがらせて反論する。

「洗濯物なんだから、当然洗うだろ。端っこに置いてあったからヘンだなとは思ったけど、よくよく見たらコバナの下着だって分かったし」

「よくよく見ないで下さい!」

「安心しろよ、じっくり見たってあんな下着じゃ欲情しねーよ。そんなに焦るなら見られても恥ずかしくない下着を買ってもらうんだな。ちなみにオレの好みは黒のスケブラにレースの紐パンだぜ。よろしく」

 知るか!

「小花、電話だよ」

 朔也さんが言われてビックリした。新との言い合いに夢中になっていたあたしは、電話が鳴っていたことにも気付いてなかった。しかもあたしに電話? 一体誰だろう。

「静香さんからだ。小花はそっちにいる〜? って聞かれたよ」

 朔也さんは苦笑交じりに伝えてくれる。家電の白い子機からは、待ち受けのメロディが細く流れてくる。あたしは急に緊張が襲ってきた。母さんと話すのは久しぶりだ。曲がりなりにも母親として、あたしの様子が気になったのだろうか。

「このボタンを押すと通話できる。向こうで話してくるといい」

 朔也さんは子機をあたしに渡し、居間の隣の応接間のドアへ促した。あたしは朔也さんの心遣いを有難く思いつつ、応接間へ入ってから通話ボタンを押した。

「やっと出たわね。ずいぶん待ったわよ」

 開口一番、母はそう言った。相変わらずの口調。懐かしいけど、慕わしいという感情は湧いてこない。

「それでどうなの? そっちで暮らせることになったんでしょ?」

「……あ、うん。朔也さんがここに住んでいいって」

「良かったわ。あんたがこっちに来たいって言っても、あんたの住民票は白金の住所に動かしちゃったから、今更無理だしね。とにかく、そこで上手くやんなさい。朔也は頼りになりそうでしょ?」

 あたしは母さんが、わざわざ自分であたしの住民票を届け出てくれたことに驚いた。でも理由なんて訊いても答えてくれなそう。自分が訊いたことを相手がすぐに答えないと不機嫌になるひとなので、あたしは母さんの質問に答えた。

「うん、朔也さん凄くいい人だよ。あたしのお兄さんとは思えない。今まで結奈(ゆいな)の他にきょうだいがいるなんて知らなかったから、驚いちゃった」

「──きょうだい……?」

 母は一瞬、言葉に詰まった。でもそれもほんの一拍で、すぐに次の言葉を続ける。

「まぁ、いいわ。あんたはそこで頑張りなさい。どんなことしても追い出されないようにするのよ。ついでにそこからお嫁に出してもらえば、将来は安泰よ。あたしもあんたの心配せずにすむしね。

 白金家は良家のお坊っちゃんたちともつながりがあるから、玉の輿を狙ったらいいわ。もしそうなったらあたしにもお小遣いちょうだいよ。今のダンナ、口で言うほど貯金がなくてガッカリしてるんだからさ。じゃあね」

 母は一気にそれだけ言って、電話を切ろうとした。あたしは大慌てで母を止め、なんとか今住んでいる場所と電話番号を聞き出した。

 面倒そうに早口で住所を告げる母の声をどうにか追いかけながら、応接間にあったメモ帳に書きとめた。妹の結奈の様子を聞きたかったのに、質問する暇もなく母は電話を切った。