第二十四話  『ナイス』


 朔也さんはあたしの不安そうな顔を気遣わしげに見てから、横にいるタカくんの方を向いた。

「笹山さん、妹はパーティ会場に慣れておりませんし……僕が一緒に行っても差し支えありませんか?」

「──いや、それは困る。パーティはIT関係の人間が集まるんだ。飲みながらビジネスの話も出る。仕事の交渉の場でもあるから、君のような畑違いの職業の人間に来られてもみんな戸惑うだけさ」

 朔也さんがせっかく出してくれた提案を、タカくんは謝絶してしまった。あたしはガッカリした。それだって人見知りなのに、全然知らない人たちがたくさんいる場所に独りで出かけなくちゃならないなんて……。急にものすごい不安が襲ってきて、胃がずっしり重くなる。

「なんだよ、融通きかねぇな。どうせ飲み会みたいなもんだろ? オレが一緒にいってやろうか」

 新が言うと、タカくんは呆れかえった顔になる。香月夫人は嫌そうな表情を浮かべ、髪を手で整えながら、見下すような視線を新に向けた。

「あのねぇ、あなたにフォーマルな場の礼儀作法が出来るわけないでしょう? それに笹山さまのパーティに妾腹の出の者が出入りするなんて有り得ません」

 瞬時に、朔也さんの顔が凍りつく。サッと血の気が引いて綺麗な形の眼が一気に険しくなった。あたしは朔也さんが、この太ったオバちゃんをいきなり突き飛ばすんじゃないかと訝った。

 ハラハラしていると足元を何かが通り過ぎた。ラディが朔也さんの前に駆け寄って行く。そして長靴をボコボコ鳴らしながら留夏が現れる。ラディの後を追い、朔也さんのそばまで行くと、両手に持ったものを高く掲げた。それはフタをしたプラスチックの子供用バケツだった。

 留夏とラディの姿は泥だらけで真っ黒。きっと何かを捕まえて来たので、朔也さんに見せたいのだろう。朔也さんは表情を和らげると、「留夏、おばさまにご挨拶して」と言った。留夏はペコリとお辞儀をすると、またバケツを高々と掲げる。

「何か捕まえたのかい? おばさまと真由ちゃんにも見せてあげるといい」

「こんにちは、留夏ちゃん。何がいたの? カブトムシ?」

 香月夫人はさすがに自分の甥っ子だけあってか、にこやかに相手をする。「留夏〜、お姉ちゃんにも見せて」と真由さんもバケツの前に顔を出す。あたしに後ろ姿を見せていた留夏は、首だけであたしの方を振り返り、ニッと笑いかけた。それからまた香月夫人の方を見て、バケツのフタをパッと取る。

 その直後、二人の女性の悲鳴が裏庭中に響き渡った。




「ヨーデルみたいだったな、あのオバハンの悲鳴」

 新がヒョーロロロ〜と歌うように言って、香月夫人の悲鳴を真似た。あたしは申し訳ないと思いながらも吹き出してしまった。新の物まねはそっくりだ。

 夫人が叫んだのは、留夏がバケツのフタを開けたと同時に大量のアマガエルが飛び出したからだ。まだ陸に上がったばかりの、小さなアマガエルの子供たちが、覗き込んだ夫人と真由さんの顔を目掛けてジャンプした。

 緑色や薄茶色をしたカエルの子たちが顔に張り付いたのだから、二人が大悲鳴を上げたのは納得できる。真由さんは大急ぎで後ずさりしてカエルから逃げ出したけど、香月夫人はそうはいかなかった。体重の重さとヒザの痛みのせいで素早く動けず、両手を振り回しながらドシンと尻餅をつく。

 留夏はあまりに激しいその反応にビックリして、手に持っていたバケツを取り落した。バケツの中にはカエルの他に、ダンゴ虫も大量に入っていた。香月夫人は顔に張り付くカエルと、スカートの上に山盛りになったダンゴ虫のせいで悲鳴が途切れがちになった。息も絶え絶えという様子で、叫び声がキャー≠ゥらヒョーロロー≠ノなってしまったのだ。

 この事態を朔也さんはかなり心配した。超特急でカエルとダンゴ虫をどけて、上手く息が出来なくて青くなっている夫人を支え、どうにか宥める。夫人の呼吸が戻ったところで、なんとあの重そうな巨体を背中に担ぎ上げたのだ。

 そのまま夫人をタカくんの車まで運び、「ご自宅でゆっくり休ませてあげて下さい」と伝えて三人を送り出してしまった。その手際の良さは呆気にとられるくらい見事だった。

「なかなか笑えたぜ。ナイスだったな、留夏」

 新はそう言ったけど、留夏は元気がなかった。自分が香月夫人を驚かせたうえ、心臓発作寸前までいかせてしまったことに申し訳なさを感じてるみたい。朔也さんはそんな留夏を腕に抱っこして、優しく髪を撫でながら言った。

「留夏は捕まえた虫をおばさま達に見せたかっただけだよな? でも実際、よくやってくれたと思うけどね」

「その割にはサク兄、一生懸命介抱してたな」

 新が言うと、朔也さんは軽く手を振って新の意見を一蹴した。

「うちで救急車騒ぎになっても厄介だからな。死ぬんなら、俺達のテリトリー以外で実行してほしいだけさ」

 ああ、やっぱり……。手厳しい兄弟だわ。

「それと新、さっきの笹山さんのことだが──」

 朔也さんは厳しい表情で新を見た。あたしは新がタカくんに失礼な言動をしたことを、朔也さんが叱るのかと思って、ゴクンと唾を飲み込んだ。朔也さんみたいに柔和な顔の男性が真剣な顔をすると、けっこう迫力があってコワイ。新も生真面目な表情で兄を見返している。

「お前は間違っている。いいか? みどりピクミンは存在しないんだ」

「え!? マジでっ」

 あたしはズッコケそうになった。朔也さんと新は緊張感のある顔でお互いを見つめている。

「そうか……それは盲点だったな。オレ、ピクミンってCMでしか見た事ないから知らなかった」

「これからはいい加減な発言をするんじゃないぞ。情報はしっかり収集するんだ。わかったな」

「うん、そうする」

 ──この二人の会話、根本的に何かが間違ってると思う……。