第二十一話  『報われぬ恋』


「サク兄を見てポーッとなるやつは何人も見て来たからな。アンタもそいつらとまったく同じ態度をしてるよ。不気味ってとこ以外は」

 いちいちイヤミを挟んでくるところが新らしいけど、その具体的な説明は真実を突いているような気がしてきた。でもそんなこと、認めるわけにはいかない。あたしは気を強く持ってから、頑張って新に言い返した。

「お、お、同じじゃないです。ドキドキするのは……きっと新種の病気です。時々突然心拍が早くなる奇病に罹ったんです。それに──それに、朔也さんは実の兄なんです。恋なんてするはずありません!」

「いんじゃねーの、恋しても」

「はぁ!?」

「実の兄っていったって、記憶にないほど小さい頃に別れたきりなんだろ? それが年頃になって急に一緒に暮らすようになったら、意識するのは当然だ。ドラマみてーじゃん、兄妹で禁断の恋! ま、サク兄はコバナのこと完全に妹扱いしてるから、この先両思いになることはないだろうし、アンタは嫁の貰い手もないまま、死ぬまでねちこくサク兄に片思いする可能性が高い。死んでからはここの地縛霊にでもなりそうな気がする」

 あたしはもう、返す言葉が見つからなかった。どうやってもあたしを霊界の住人にしようと決めつけている根性もさりながら、新はあたしが朔也さんに恋をしてると思い込んでるらしい。そりゃあ、あたしは確かに朔也さんの為ならどんなことでもしてあげたいと思う。

 でもそれは、朔也さんがあたしを──とっくの昔にこの家からいなくなった妹を、快く受け入れてくれたからだ。恋してる≠ゥらじゃない。断じて違う! よって、あたしは朔也さんに片思いをしたまま死ぬことはない。

 あたしに嫁の貰い手はないことと、地縛霊になりそうというのも、あり得そうだから認めよう。でも、朔也さんに片思いしていることだけは可能性がゼロだ。

 あたしがそのことをじっくり新に説明しようとした時、さっきよりワントーン低い声で新が言った。

「お互い報われない恋に身を焦がすことになりそうだな。しょうがない、オレもお前の兄貴だし、陰ながら応援してやるぜ」

 今度あたしは言葉に窮した。今、なんて言った? 確かお互い報われない恋に……とかなんとか。お互いってことは、新も──誰かに恋してるってこと?

 あたしは新に訊いてみようとした。その時「小花さーん」と呼ぶ声が聞こえた。声は母屋の方から響いてきたのでそちらを見ると、真由さんがこっちへ向かって小走りに近づいてくる。その後ろからスラリとした朔也さんが付いてきていた。

 朔也さんの隣にはたっぷりした脂肪をお腹につけた中年の女性がいた。ヒザでも悪いのか朔也さんの腕にすがるようにして、エッチラオッチラ歩いている。朔也さんはその女性の進む速さに合わせて歩いてくるので、当然真由さんの方が遥かに早くあたしたちの近くまで来た。

「まだここにいてくれて良かったわ。もっと奥まで進んじゃったら追いかけるのが大変だもの」

 真由さんはサラリと髪を手で梳いて、乱れたカールを直しながら言った。さっきとは打って変わってニッコリ笑いかけてくる。あたしはどんな反応をしたらいいのか分からず、とりあえず口元にだけお愛想笑いを浮かべてみせた。

「そりゃ、そんなコジャレた靴じゃあ、ここの裏庭の道を歩くのは無理だろうな。もっと遠くまで行っときゃ良かった。そしたら追いつかれないで済んだのに」

 新が皮肉気な笑みを浮かべて真由さんに言う。あたしはレッスン室を超えて更に奥に続く道に目をやった。舗装されて歩きやすくなっているのはレッスン室までで、その先は土の道が木々の間を縫っている。確かに柔らかそうな土道をヒールで歩くのは難儀だろう。真由さんはツンと横を向いて新の嫌味を可愛らしくかわす。

「ふーんだ、わたしは別に新のことを追いかけて来た訳じゃありませんから! ね、小花さん、わたしと一緒にパーティに出ない?」

「──は? パー……」

 あたしは耳を疑った。ぱーてぃ……? 今、パーティって言ったのかしら、この人……。パーティなんて今までのあたしの人生で一度も経験がないのだけど。

「そう、パーティよ。タカくんが新会社を設立して、そのお祝いにパーティを開くんですって! お家柄の良い男性がたくさん来るのよ。小花さんも一緒に参加すれば、素敵な出会いがあるかもしれないわ。チャンスでしょ? ね、決まりっ」

 決まりって……。あたしは一体何が決まってしまったのか分からなくて呆気にとられた。そこに朔也さんと、黒いワンピースを着たビヤ樽みたいな体形の女性がたどり着く。

「あなたが小花さん?」

 ビヤ樽さんが開口一番、大音量の声で言う。あたしは飛び上って「はい!」と返事をした。この中年女性は歩いてきて息が上がってしまったのか、ひとこという度、言葉を途切らせている。とにかく貫禄のあるオバちゃんで、この世に怖いモノなんかなさそうに見えた。

「あったくしは真由の母親で香月麗子といいます。真由と白金家の関係は聞いていて?」

 でっかい声で質問されて、思わずのけ反りそうになった。耳がジンジンするけど、どうにか返答した。

「いえ……まだ何も」

「ではあたくしから説明します。真由はこの白金家の四男、留夏の従姉に当たります。留夏の母親はあたくしの八つ下の妹なんですのよ。妹は留夏の父親と別れてから死んでしまったの。留夏は一度ここを離れて、また戻ってきたことになるわね。そういう意味では、小花さんと留夏は同じといえます」

「──はぁ、そうですね」

「留夏の父親の浩介さんは、そりゃあもう、たくさんの女性とアバンチュールなさったので、あったくしには誰がどのヒトの子供なのか、記憶があっちこっちいってしまって、まったくもって良く覚えてないのですよ。とにかくあなたたちきょうだいの母親が全部違うってことは分かってます。

 留夏がここにいなければ、我が香月家と白金家のつながりはないも同然になるんですけどね。今、留夏は朔也さんのお世話になっていることだし、真由が留夏の従姉であることには変わりがないので、こうして時々お邪魔させてもらってるんですのよ」

「邪魔だよ、マジで」

 ボソッと新がつぶやいた。幸いにも香月麗子さんのお耳には入ってないようだ。