第十話  『王子様・インベッド』


 今度は金髪と赤ワンピのルディさんだった。ルディさんもあたしを見ると、その場に立ち尽くした。ここまではシンと同じ。

 でもルディさんはすぐ心配そうな顔をして「小花、まだ起きてたの?」ときいてくれた。くつを脱いであたしの方に近づいてくる。ルディさんもお酒やタバコの匂いがしたけど、酔っているようには見えなかった。お腹を押さえたあたしを見て、気遣うように身をかがめてくる。

「どうしたの? 顔色悪いわ。お腹壊しちゃったの?」

「あ……はい。でも、もう大丈夫です。お疲れ様でした。お食事温めるので待っててください」

 あたしが言うとルディさんは呆れた顔をした。あたしの手を取り、階段の方へ導く。

「そんなに青い顔して何言ってるの。手もすごく冷たいわよ。アタシのことはいいの。さ、お部屋に行きましょう。今日はゆっくり寝た方がいいわ」

 ルディさんは手をつないだままどんどん先に進んだ。階段を上がり「このか」のネームプレートが下がる部屋を目指す。ドアを開けて電気を点けた途端、ルディさんは「うっ」と言って立ち止まった。

 それもそのはず、目に痛いほどのピンクと白の中に、あたしの黒いコートが溺死体の様に横たわっている。しかも裂けた口をベロンと広げたバッグまである。ルディさんはさり気なくつま先でダッフルコートを横に押しやり、とりあえずあたしをベッドまで連れて行った。

 初めてフワフワのラグを踏んだ。柔らかくて気持ちいい。でも恐れ多い。ルディさんはベッドカバーをめくると、あたしをシーツの上に座らせた。ベッドのスプリングは柔らかすぎず硬すぎず、程よい弾みであたしの身体を受け止めてくれた。

「さぁ、暖かくして。お腹さすってあげるから寝ちゃいなさい」

「ええっ、そこまでしてもらわなくても大丈夫です」

 あたしは焦って断った。でもルディさんは頓着せずにベッドカバーに手を入れて、あたしのお腹をパジャマの上からさすってくれる。

「恥ずかしがることないわよ。アタシは小花が赤ちゃんの頃、よく一緒に寝てたのよ。あなたのおむつも替えたことあるんだから。お腹くらい気にしないの」

 いきなりおむつの頃の話をされても「はい、そうですか」とは言えないものの、あたしが幼い頃本当にルディさんと一緒にいたのだと分かってホンワカした気持ちになった。

 ルディさんの手は暖かくて大きい。ホントは男の人だけど、見た目は綺麗な女性だし全然怖くない。ルディさんはベッド横に膝をつき、根気よくお腹を撫でてくれる。あたしは段々眠くなってきた。こんなにも安心して気持ちよくなったのは久しぶりだ。

 目を閉じている内にストンと意識を失った。そして夢も見ないほど、深い眠りに落ちていった。



 一度目に意識が戻ったのは、何かが頬に触れたからだ。小さくて湿った手の平。ルカかなぁと思ったけど、あまりの眠さに目が開くところまでいかない。あたしはどこにいるんだっけ……?

 ここは暖かくて柔らかくていい匂いがして──狭い。そう、狭い。すごく狭いのに、なんだか大きなものにくるまれているようで安心する。ルカの気配が遠ざかる。あたしはまた眠りに引きこまれていった。
 


 鳥の声が響いた。薄目を開けると桃色の世界が広がる。甘くて幸せな夢の中にいるみたい。寝ている時、誰かの声を聴いていた気がする。それは狂おしいほどの、偽りのない愛の言葉。

 俺がきみを守るよ。きみと俺は二人でひとつ。どんな哀しみもここには寄せ付けない。愛してるよ、誰よりも愛してる。この心にあるのは、きみへの愛だけだよ……

 ああ、あたしってば……こんな幻聴が聞こえるほど愛情に飢えてるのかしら。それもそうだ。あたしは恋愛なんてしたことないし、男性に愛されるのなんてどんな風か分からない。実の親にすら愛されなかったんだもん。

 あたしは一生、独身かもしれない。でも夢の中くらい、甘い幻想を見たっていいよね。他の誰にも見られないし罪にもならない。

 もう少しこのピンクの靄の中を漂っていたかったけど、意識のやつ、容赦なくあたしの脳を覚醒させてくる。あたしは目を開けた。まず視界に入ったのは首筋。そして光沢のある白いパジャマ。

 首筋……? なんでひとりで寝てるのに首筋が見えるんだろう。ううん、違う。ここはすごく狭い。誰かが一緒に寝てるんだ。どうやらあたしは、その人の腕の中にいるらしい。腕……腕の中……うでのなか!?

 あたしは文字通り飛び起きた。「う……ん」と隣の人が声を上げる。遮光カーテンから漏れる薄い光の中で、あたしは自分を抱きしめていた人を目を凝らして見つめた。

 光沢のあるパジャマは絹。フリフリの枕に預けた頭の髪は茶色っぽく見える。長い睫に通った鼻筋、少し開けられた唇はほんのりピンク色。女性のような顔立ちだけど、斜め上に向かってスッと引かれた細い眉が唯一凛々しさを加えている。体つきは線こそ細いけど、あたしよりは遥かに大きい。だから男の人だ。

 あたしは呆然とその人を見つめ続けた。なんてキレイなの。眠りの森の美女ならぬ眠りの森の美青年って感じ……。まるで中世の世界にいる王子様みたい。

 しばらくぼんやりしていたけど、ふいに現実にもどった。このヒトは誰なの? ええと、ここは白金家。昨日あたしはここに来て、ルディさんとシンとルカと、名前も知らないナゾの弟と一緒に住むことになった。うん、それは覚えてる。

 深夜お腹を壊して、ルディさんが帰ってきて、ベッドでお腹をさすってくれて……。それも記憶にある。あたしはそのまま眠ってしまって後の事は分からない。どうみても、この人は知らない人だ。

 んん? ということはこの王子様がナゾの弟??? それなら知らなくても納得出来るけど、理解できないのはあたしの部屋で一緒に寝てること。なんで一緒なの? 部屋を間違えたとか? 

 でもいつもひとりで寝てるベッドに誰かいたら、びっくりして間違えに気付くはず。いくら寝ぼけていても、そのまま眠るとは考えにくい。

 それではなぜ? なぜなの? なんであたしは王子様とベッドインしてるのぉぉ!