第七話  『ラブリールーム』


 あたしは絶句したまま、何度も目をしばたたいた。ルディさんの言っていたように、この部屋の天井は斜めになっている。部屋は六畳くらいの大きさだけど、天井が一部低くなっている分、ちょっと狭く見える。

 そして……ああ……ピンク! 目に入るのは、ピンクと白と、花柄だった。

 まず、一番目立つのはベッド。部屋の奥に押し込めるようにベッドがあるのだけど、まるでお姫様が使うようなベッドカバーが掛けてあった。白を基調にした花柄。ピンクの小さいお花が散りばめられている。シーツは床に触れそうなほどのスカート仕様。

 ベッドヘッドには宮棚が付いていて、ボード部分にはアイビーのレリーフが入っている。棚の上にはつりがね草の花をイメージしたスタンドライトが置いてある。ヘッド部分に寄りかかるように乗せられた枕はフリル付きだ。もう、ビッラビラのフリル……!

 ベッド横にはサイドボードが置いてあった。猫足で本体は白く、扉部分がピンク色。ボードの隣は木製の本棚。本棚のすぐ上には小さな窓があり、下げられたカーテンがまたスゴイ。

 オフホワイトの厚地のカーテンは遮光性らしい。手前にあるレースカーテンは細かなフリルのついた薄桃色で、真ん中の部分がリボンで結ばれている。どうやってカーテンを開けたらいいのか、あたしには分からない……。

 本棚の横にはドレッサーがある。木で作られたドレッサーは全体的に柔らかなクリーム色をしていて、引き出しの取っ手はバラをあしらったアンティーク調のもの。もちろん猫足だ。縦長の楕円の鏡には扉が付いていて、開くと三面鏡になるのだと分かる。

 四角いスツールに背もたれはなく、深い赤のベルベットが腰かけ部分に張られている。その横が部屋の角にあたり、木のポールスタンドが置いてある。これも白でハンガーの先端がクルリと丸まった愛らしいデザイン。

 そこから九十度折れたドア側の壁には、大きめのハンガーラックが置かれていた。同じく木製で、ドレッサーと同じクリーム色だ。建物が古い造りだから、クローゼットが部屋についてないのだろう。その為、洋服を収納するためのラックを置いてくれたのだと分かった。

 そして部屋のど真ん中には、ほぼ正方形の白いアンティークテーブルがある。これまた当然のように猫足だ。脚部が柔らかな波を打ち、キュッとまがった足元が猫の足のようで可愛らしい。

 テーブルの下はバラ柄のラグ。アイボリー地にピンクの大きなバラがついたフワフワのラグは座り心地が良さそう。ラグの横には深紅のスリッパ。全体的にふんわりした甘いイメージの部屋の中に、スリッパの赤がアクセントを加えている。

 素敵……。うん、すごくステキ。乙女系の女の子なら泣いて喜ぶラブリーなお部屋だ。この空間にいるだけでお姫様の気分になれるだろう。ゆったりとしたフリル付きのワンピースを着て、長い巻き毛を背中に広がらせた美少女なら、このお部屋にピッタリだ。でも……でも……っ!

 あたしなの、ここを使うのはこのあたしなのぅ!

 この部屋をあたしがうろついていたら、せいぜい良く見積もってもお嬢様のお世話をする家政婦くらいにしか見えない。それとも可愛いけど性格の悪いお姫様にイジメられて死んでしまった、貧乏な女の子が化けて出たとか……。

 とにかく、ここにいる自分を客観的に見たとすると、純白のウェディングドレスに付いてしまった真っ黒な墨汁並みに惨めなイメージしか湧いてこない。

 あたしは今まで雨漏りのする平屋の四畳半に妹と一緒に寝てたのっ。狭いからタンスも置けないし、プラスチック製の収納ケースしか使ったことがないのッ。それも一個しかないから妹の服が増えると、あたしの物なんて全部段ボールに詰めていたのぉ! 

 布団はせんべい布団、机は居間のちゃぶ台、古い化粧台は母さん専用、絨毯とカーテンは十六年前に購入した時のままで元の色が何色だか不明、スリッパに至っては存在すらしなかった。

 そんなボンビー生活に浸りきったあたしに、この部屋で何をしろというの!? 憧れどころが身の置き場がない。もし汚してしまったら……と思うとラグになんて絶対座れないし、あんな可愛らしいベッドで寝たら緊張のあまり全身筋肉痛になること間違いなし。

 ああ、それに鏡……。百歩譲ってこの部屋の乙女チックな雰囲気に呑まれていい気分になったとしても、あの三面鏡を開けた途端に絶望が待っている。昔話題になった井戸から這い出てくる不幸な少女の映画があったけど、あの子とそっくりな顔が鏡に映るのよ。おおコワイ。絶対見てはいけないわ。鏡方向は鬼門よッ。

 あたしはひとりで青ざめながら息を荒げていた。ルカは少し戸惑った顔であたしを見上げている。あたしは胸に手を当てて、どうにか呼吸を整えた。スーッと深く息を吸い込むと、軽やかな甘い香りが鼻腔をくすぐる。とても落ち着くいい香りなのに、あたしは思わずむせてしまった。

 でも動揺ばかりしてられない。ルカをこれ以上心配させるのも可哀想だし、とにかく荷物を置こう。あたしは部屋の片隅に、申し訳ない思いで小汚いボストンバッグを置いた。

 バッグは置いた途端、狙ったように縫い目が裂けて中身の一部が飛び出した。見る見るうちに裂け目が広がり、中学の頃から着ている黒いダッフルコートがニュルリと出てくる。バッグは「口に合わなかったからもどしました」とでも言うように、古びたコートをゲロしてから裂けるのをやめた。

 あたしとルカは無言でその光景を見つめた。たった一つしか持っていない大型のバッグは今、チャックを開けなくても物が出せるように改良されてしまった。

 ──もう、涙も出てこない。