第三話  『きょうだい』


「これからは白金さんのお家でお世話になりなさい、とも言われました。自分のものは全部持って行くように……と……」

 あたしの声は尻つぼみに小さくなった。長く伸ばした前髪の間から、恐る恐るルディさんを見返す。ルディさんは真っ直ぐあたしを見ている。凛とした強い視線。

 あたしはハッとした。最初見た時、ルディさんは派手な化粧をしていると思った。でもよく見ると、口紅とアイシャドウを引いているくらいで、ファンデーションはそれほど濃くない。長いまつげもつけまつげではなさそう。化粧で作った顔じゃない。どうやらこの人はホンモノの美人≠轤オい。

「あなたの部屋は用意してあるわ」

「──え?」

「さっきの廊下を突き当りまで進んだ場所に階段があるの。そこを上って左に折れた一番奥の部屋を使ってちょうだい。その部屋に行くまでに向かい合わせで二部屋あるけど、そこは弟たちがそれぞれ使ってるの。階段を上がって右に折れた側にも二部屋あって、そっちはアタシとシンの部屋。ちょっとややこしいけどすぐ慣れるから」

「……は、はぁ」

「あなたの部屋は屋根の形状のせいで天井が斜めなのよね。少し狭く感じるかもしれないわ。ごめんなさい」

「いえ、そんな……」

 首を横に振りながら、あたしは安堵のあまり腰が抜けそうになっていた。良かった、今夜寝る場所がある。今まで住んでいた築五十年の平屋は、立ち退き期限が今日の午後三時までで、もうあたしには帰る場所がない。

 母さんが顔も覚えていないお父さんと離婚してから、十六年間暮らして来た貸家。傷みが激しいということで、来月早々解体されることになっている。

 あたしは今まで会ったこともないルディさんが、なんであたしに部屋まで提供してくれるのか全然分からないまま、とりあえずお礼を言った。

「あの……ありがとうございます。突然押しかけた上、部屋まで貸してもらってすみません」

「いいのよ、だってアタシたち兄妹じゃない」

「ハァ!?」

 度肝を抜かれてあたしは素っ頓狂な声をあげた。自分の耳が信じられない。な……な……なん──え? ルディさんは今なんて……きょう……きょうだ──

「あーもうダメよ、あなた。そんなに大口開けたら元に戻らなくなるわよ。貧相からホラーを通り越してギャグになっちゃってるワ」

「だ、だって……だって……ルディさんとあた……きょうっ」

「はいはい、落ち着いて。静香さんったらあなたに何も説明しなかったのね。いい加減なのは変わってないわねぇ」

「はは……しっ……、母を……」

 驚愕のあまり言葉にならないあたしの声を、ルディさんはちゃんと理解してくれた。立ち上がってあたしの肩に手を置くと、ソファまで誘導して腰かけさせてくれる。

「もちらん、静香さんのことは知ってるわ。なにせ四歳から七歳まで、アタシの母親だったんだから」

 ──はひっ!?

「だからぁ、アタシの母が病気で死んで、その後父が再婚したのが小花の母親だったワケ。アナタとは産まれてから三年間、一緒に暮らしてたのよ。でもアタシが七つ、小花がみっつの時、父と小花のお母さんが別れたの。だからあなたとアタシは兄妹よ。どう? 意味わかる?」

 混乱して髪を振り乱し、息を荒げているあたしの背中を隣に座ったルディさんが優しく撫でてくれる。喉元に手を当ててあえいでいるあたしは、自分でもスプラッタ映画の三流役者みたいな顔をしていると自覚していたけど、恥ずかしいなんて思う暇はなかった。

 すぐ隣に座るルディさんの顔は美しく、あたしとの血のつながりなんて全く解からない。金髪がふりかかる頬は透き通るようで、近くで見るとますます綺麗。

 比べてあたしは出不精だから不健康な青白い肌をしているだろうし、顔にも性格にも自信がないせいで前髪をカーテンの様に伸ばしているから、ザンバラに乱れた髪はゴーゴンの様になってるはず。ルディさんにはこの顔を見られてしまったから仕方ないけど、自分じゃ絶対見たくない。世界中の鏡を割りたいくらいイヤ。

「静香さんは幼いアタシから見ても、自由奔放な人だったわよ。オシャレが大好きで自分を綺麗にすることには骨身もお金も惜しまなかったわね。アタシが小学生になった時も、家庭訪問はエステに行ってて忘れるし、授業参観はフラダンスのお稽古と重なるから来なかったのよ。とにかく自分¢蜊Dき。ある意味気持ちいいくらい徹底してたわね」

 なんとか過呼吸にならずに済んだあたしは、ルディさんが嘘偽りない話をしていると分かった。確かに母さんは自分がイチバン≠フ人だ。だから家の立ち退きと再々再婚が決まった時点で、あたしの事を放りだすのにも躊躇わなかった。

 次のダンナさんとの結婚が決まった当初は、「自分で住むところを決めてね。保証人にはなってあげるけど、お金は出さないよ」とあたしに言った。あたしは勤め始めて一ヶ月の会社を退職したばっかりで、十九歳にもならない無職のあたしに部屋を貸してくれる大家さんはいなかった。

 オロオロしている内にあと一週間で退去日。母さんはすでに十歳の妹を連れて新しいダンナとの新生活を始めていた。唯一頼りにしていた美知子叔母さんは二ヶ月前に病気で亡くなっている。

 すきま風の吹くボロ屋で、あたしは独り途方に暮れていた。三日後に退去日が迫った時にはホームレス生活を覚悟したほどだったけど、母さんから連絡が入り、白金家の住所を教えられたのだ。