第百四十四話

台所で食事の準備をしていた楓も、一緒にテーブルの上を覗き込む。

「お、家の見取り図か」

光がらいらを抱っこして大きな紙を見る。志門と裕生は見取り図をみて顔を見合わせた。

「多分、もう光から聞いちゃってると思うけど、このペンションの裏に家を建てようと思ってるんだ。ペンションの羅威の部屋には、当分の間楓さんとらいらが住む。そして新しい家で俺と未祥が生活しようと思う。

らいらが大きくなったら使えるように子供部屋を作って、あとは光と茉菜さんが泊まれる部屋と、もちろん志門くんと裕生ちゃんの部屋も作る予定だ。二人とも異存はないかい?」

志門と裕生は目を輝かせて頷いた。「ありがとうございます!」と同時に言う。

「家の造りなんだけど、部屋の配置はこれで、家そのものは俺の実家を利用しようと思うんだ」

「実家?」

光がきょとんとして聞くと、可畏は頷いて微笑んだ。

「そう。親父が十七年前に買った家だよ。あの家は売りに出そうと思ってたんだけど、しっかりしたログハウスだし思い出も多い。だから思い切って移築しようと考えたんだ。

場所が遠いから解体して、木材を利用しながらこの設計図に沿って建てることにした。そういう訳で、ピカピカの新しい家じゃなくなってしまうし、当然ログハウスになるけど、それでもいいかな?」

自分が建てる家なのに、心配そうに可畏はみんなを見渡した。楓がニコニコしながら「楽しみです」と言った。「もちろん、いいに決まってる」と光が続く。

「ログハウスならこの別荘地の雰囲気にも合ってるし、カッコイイです! すごいなぁ、早く見たいっ」

裕生が手のひらを合わせて夢見るような顔で言った。

「裕生ちゃん、いつでも遊びに来てね」と未祥が言う。「いまでも来てるけど、今度からもっと遠慮なく来るっ」と言いながら、裕生は未祥と抱き合ってピョンピョン跳ねた。

「可畏さん、裏の土地を見せてもらっていいですか?」

志門が可畏に訊いた。可畏は頷き、志門と一緒に外へ向かう。部屋に残ったものは、見取り図を見ながら新しい家への思いを語り合っていた。




玄関から外に出ると、しんとした冷たい空気と春を間近に待つ三月の太陽が、二人の周りを取り囲んだ。可畏と志門は裏の雑木林までゆっくり歩いた。林には伐採する木に目印が付けてあるのが見える。

「明日から工事が始まるんだ。せっかく遊びに来てもらったのに、うるさくなるから申し訳ないな」

「いえ、そんなことないです。家が出来るのがすごく楽しみだから、音なんてきっと気になりません」

志門はにこやかにほほ笑みながら言った。可畏も笑みを返す。そのまましばらく二人で立ち並ぶ木々を眺めた。遠くでカラスが「かぁ」と鳴くのが聞こえた。

「──俺に、何か話があるんじゃないのかい?」

可畏は林から目をそらさずに、低く静かに、志門に話しかけた。志門はさして意外でもない顔で、可畏の横顔を見る。志門には、二人で話したいと自分が望んでいることを、可畏は分かってくれていると思っていた。

「はい。……あの日のことです。オレ達が刀利村に初めて行った日。オレ、あの日このペンションで羅威さんに邪魔されたんです」

可畏は視線を林の木々から、志門に向けた。少年は年に合わない思慮深い瞳で、可畏の目を見つめ返してくる。

「井田川純です。オレはあの男のこと、最初から厭な気がしていたんです。だから自分の霊感を使って、純の悪意を探ろうとしました。でも、ヘンな振動が邪魔をして純の本性を見抜くことが出来なかったんです」

「……」

「ずっと──あれは何だったのかと考えてました。あの時たまたま、オレの感覚が狂ってしまったのか、それとも純に何か能力があったのか……とか。でも違う。違うと理解しました。

あれは羅威さんだ。羅威さんは、純が危険だと分かっていてオレにそれを察知させたくなかった。事実あの時、羅威さんの気配が強くなったのを良く覚えてるんです」

「──そうか」

「可畏さん……、羅威さんは、知っていたんですね? 伝説には破壊が必要だということを。その為には、可畏さんが毘那夜迦王に権化しなければならないことも、未祥ちゃんが純に襲われなければならなかったことも──」

志門は、食い入るように可畏を見上げる。可畏は胸が詰まる思いで、痛みに満ちた志門の顔を見返した。この子はずっと……あの日から二ヶ月もの間、疑問を抱えながら過ごしてきたのだ。

それは想像を絶する苦しみだっただろう、と可畏は思った。本当にこの少年は──強靭な意志と深い思いやりの心を持っているのだ。

「ああ、俺もそう思うよ」

志門は一瞬、唇を震わせて可畏を見た。直後に目を逸らし、泣き出しそうな顔で肩を落とす。

「やっぱり……そうですか。オレは──オレは受け入れようとしたんです。あれは必然だったんだって。でも、同時にこうも思う。もっと違うやり方がなかったのかな、と。

今でも夢に見ます。純がオレ達を騙したことで、あの日刀利に起こった悲劇の光景を。燃え盛る多聞邸の炎の色を……。仕方なかったんだと、自分に言い聞かせて……それでも時々、苦しくてたまらなくなる」

「未祥は今でも時々、夜中に目を覚ますよ」

「──え?」

「女性にとって、合意の上でなく無理に男に抱かれることが、どれほどの苦しみを残すのか……俺はその都度見せつけられる。俺に出来るのは、抱きしめることだけだ。未祥の痛みを、ずっと一緒に背負っていくことしか、成す術がない」

志門は何も言えず、哀しみを秘めた可畏の穏やかなまなざしを見るしかなかった。