第百四十三話

「裕生ちゃん、学校はどう?」

一階のリビングで、紅茶を三人に出しながら未祥が訊いた。色の変わった長い髪をポニーテールにした未祥は、純粋な日本人には見えない。裕生は紅茶にミルクを入れながら、ウンザリした顔で答えた。

「超めんどう。だけど頑張って行ってるよ。未祥がいないとつまんないけど」

「でもお前最近、君津さんたちと一緒に昼メシ食ってるじゃん。仲のいい子が出来ただろ?」

志門が紅茶をすすりながら言うと、裕生は「まぁね」と返した。

「あたしが海原とケンカしてから、神堂さんって面白いねって言って近づいてきたんだ。学校では一緒に行動してるし、この前は放課後駅ビルに行って買い物したよ」

「そうかぁ、良かったね」

未祥は裕生に親しく出来る子が出来て、ホッとした。一抹の寂しさもあるが、それでもクラスの中で裕生がひとりになってしまうよりはいいと思った。

「なんだ裕生。お前クラスメイトとケンカしたのか?」

光がらいらを膝に乗せて抱きながら、面白そうに訊く。らいらが紅茶のカップに手を伸ばそうとするので、近くに転がっている乳児用のおもちゃを握らせようとしていた。

「しましたよ。だって海原の嫉妬、半端じゃないんだもん。一月に志門と一緒に学校やすんだでしょう? そしたらあの日、あたしたちが同じところにいたんじゃないかって、すごく噂になったんです。

未祥も休んだけど、未祥は結婚で学校辞めることになったから、あたしと志門が怪しいってことにされちゃって。海原はあたしを目の敵にして、睨み付けるわ、無視するわ、陰口叩きまくるわで大変でした。志門なんか、部活に来なかったことで海原に呼び出されて、グズグズ泣かれながら理由を訊かれたそうです。

志門は海原のカレシってわけじゃないのに、あたしが海原から志門をとったみたいに噂流されたんですよ。教室でもみんながいるときに聞こえよがしに色々囁いてるから、あったまに来てあたしはまだバージンだよ!≠チて言ってやったんです。どうせあいつらは、そこが一番気になるとこでしょうから」

それを聞いた光は、わははははっとデカい声で爆笑した。らいらはビックリしておもちゃを取り落したあと、不思議そうに光を見上げ、その後一緒に笑いながら光の膝をペチペチ叩いた。

「いやー、参った。ケッサクだな、志門」

志門は頬を赤らめながら、呆れたように頭を掻いた。裕生の思いきりの良さは知っていたつもりだが、あの時の衝撃は忘れられない。クラスのみんなも呆然としていた。ただ一部、君津さんたち三人のグループが、裕生に拍手をしたのだ。海原のいかにも女染みた嫉妬の表し方に、彼女たちもウンザリしていたのだろう。

「でも一番スッキリしたのは、志門の反撃だった。海原はあたしのセリフ聴いて、また希望が湧いたんでしょうね。ホントなの? ホントに神堂さんとは何でもないの?≠チて志門に迫るんです。

そしたら志門がオレと裕生がどうなろうと、海原に何の関係があるんだ?≠チて言い返したもんだから、海原は真っ青になっちゃって……」

裕生が思い出し笑いをしながら言うと、光がニヤリと笑んで志門を見た。

「ほほう、優男のお前にしてはよく言ったな」

光が褒めているのかけなしているのか分からなかったので、志門は曖昧に笑い返すだけにした。裕生は未祥をみて続ける。

「それから君津っちゃんたちと仲良くなれたんだ。あの子たちはサッパリしてるし、これからも上手くやっていけそう。でもサイト運営と、この場所の事は言わないけどね」

裕生は絨毯の上に座った状態で、両手を後ろにつき、顔を上げて部屋の中を見回した。その視線は愛おしそうで、裕生にとってもこの家が特別なのだと分かる。志門は自分も同じ気持ちだった。この場所の事は、親友の明彦にも言えない。いじわるで教えないのではなく、言ってはいけない気がするのだ。

「裕生ちゃんが描いてくれたサイトのイラスト、すごく綺麗だね。トップページのペンションの絵に、雪の結晶と梅の花が重なってて神秘的だった」

未祥が嬉しそうに言うと、裕生もニコリと笑い返した。

「あたしはもとから静物画って苦手なんだけど、ペンションのイメージには花が合ってるかなって思ったの。この休みの間に、梅から桜の絵に変えたいんだ。お給料ももらってるし、手を抜かないで頑張って描くよ」

志門と裕生には、ペンションのサイト作成および管理者として毎月給料が支払われることになっていた。二人は断ったが、これは仕事の一環だから、と可畏が譲らなかった。

「志門、お前部活はどうした?」

光が志門に向かって問いかける。らいらは今、光の手にかぶりつこうとしていた。近頃のらいらは、歯茎がかゆいのかなんでもかじろうとする。

「バスケ部は三年生が卒業して部員が四人になっちゃったから、新入生が入ってくるまで活動停止だって言われました。多分、顧問の先生は百パーセントやる気なしです。なので、春休みは好きに使えるんです」

「そうか。じゃあ、めいいっぱい遊べるワケだ。おっと、躰道はいいのか?」

「武道の相手は光さんと可畏さんにしてもらいたいと思ってます。お願いできますか?」

「おう、任せとけ。二日酔いじゃなければな」

光が言ったところで、大きな紙をガサガサいわせながら可畏が部屋に入ってきた。カウンターキッチンの前のテーブルに、その紙を広げて乗せる。

「ちょっとこっちに来てくれないか?」

可畏がみんなに向かって言った。一同はテーブルの周りに集まった。