第百三十五話

未祥の声は、澄んでいて冷静だった。

可畏はもっと強く腕に力を入れた。未祥は息を止め、その痛いくらいの抱擁に耐えた。可畏は震えながら、絞り出すような声で言った。

「俺は……ダメだ」

「……可畏」

「未祥がいないと……ダメなんだ」

可畏は未祥が反論する前に、身体を離して口づけをする。どこも逃すまいと口の中を舌で探り、手を脚の間に割り込ませた。もう一方の手で乳房の柔らかさを堪能しながら、指で乳頭を刺激する。

湿っていた秘部が、一気に滴り落ちるほど潤った。可畏は未祥を抱きあげ、ベッドに連れて行った。大きなベッドに横たわった未祥の上に覆いかぶさり、首筋から乳房を舌で濡らしていく。可畏は仰向けの未祥を味わい尽くすと、今度はうつぶせにしてキスの雨を降らせた。

未祥は身をよじり、甘い声を上げ続けた。自分からも可畏に口づけを求め、引き締まった躰に唇を寄せる。未祥は可畏の猛々しさを、口と舌で味わった。可畏は熱をほとばしらせると、反撃とばかりに、未祥のした腹に唇を移動させる。未祥は可畏の髪を撫でながら、申し訳なさそうな声で言った。

「ごめんね、あたし……汚れちゃった」

可畏は顔を上げ、未祥の目を見た。夜目の利く鬼の可畏には、他の男に凌辱されたことに、未祥が負い目を感じているのが見て取れた。可畏は首を横に振った。

「汚れてなんかいない。未祥は、誰よりも綺麗だ」

可畏はまた顔を伏せ、した腹から更に下へと唇を動かして行った。純が強引に押し入った場所を、舌で優しく慰めていく。未祥は強い快感に身を逸らせ、涙を流して息を乱した。

月の光が差し込む角度が、ゆっくりと変わってきていた。可畏は未祥の上になり、脚の間に腰を入れた。他の誰よりも欲しいと願っていた未祥のすべてを、確かめる時が来た。可畏は未祥と唇を重ね、そっと腰を前に進めた。

「……っ、あ」

未祥は可畏にしがみつき、その痛みに耐えた。優しく、慎重に可畏は進んでくれる。全身が振動している気がする。痛みと緊張で固まりそうになる脚を、可畏の手が宥めるように撫でる。苦痛と快感が交互に躰を走った。可畏の汗が、シーツの上にパタリと落ちた。

やがて可畏が、動きを止めた。未祥はギュッと閉じていた目を開け、可畏を見上げた。溢れる愛と深い喜悦に潤んだ瞳で、可畏は消えゆく恋人を見返す。未祥は安堵して、涙をこぼした。可畏と自分が完全に結ばれたと、確信できた。

二人は微笑み合った。可畏が未祥に、キスをする。そして更なる恍惚を得るために、きつく抱き合い、揺れ始めた。

二人の胸の中心の、象の印が重なり合った。可畏のほくろに隠された毘那夜迦(びなやか)は、同じ象の形をした印を持つ美しい天女と交わり、激しい歓喜を得た。

月が薄い雲のベールをまとい、硬質な光りが淡く変えられたその夜、ひとつの小さな村の長い伝説が終わった。





鳥のさえずる声が聞こえ、志門は目を開けた。部屋の中がボンヤリと浮かんで見える。オレは眠ってしまったのか……と志門は思った。肩に寄りかかってくる裕生の身体をそっと抱き直す。

可畏と未祥が二階に行ってしばらくの間、誰も言葉もなく、ただ静かに時が過ぎるのを耐えていた。時計の針が午前零時を指したとき、裕生が短い悲鳴を上げた。頭を抱え込み、激しく泣きじゃくる。

志門は裕生を抱き寄せ、腕をさすっていた。光と茉菜は絨毯の上でクッションソファに寄りかかり、痛みに耐えるように眉根を寄せて目を閉じていた。楓は絨毯の上にタオルを敷いて寝かせたらいらの、小さな手を握っていた。

二階からは何の物音もしなかった。時を刻む秒針の音だけが、部屋の中に小さく響いている。強いショックと疲れからか、裕生の身体から力が抜けた。志門は寄りかかってくる裕生を抱き留めた。眠れるのはいいことだと思った。ずっと重いストレスを受け続けていたら、心も体も耐えられなくなるだろう。

楓が志門と裕生の後ろに、クッションソファを運んできてくれた。裕生にはブランケットを掛けてくれる。志門はお礼を言って、クッションに寄りかかった。壁付のフットライトを残して、楓が電気を消した。

志門と光は眠ることなく、時々視線を交わした。らいらが深夜にむずがり出し、楓がオムツ交換と授乳をした。音と言えばそれだけで、二階からの気配は全く感じられなかった。

志門はずっと起きていたつもりだったが、鳥の声で起こされた時、自分がウトウトしていたのだと気付いた。光も腕を組んだまま、クッションに不自然な形で寄りかかりながら眠っている。

志門は時刻を確認しようと、廊下側のドアの上にある時計を見上げた。もう七時前だった。可畏さんはどうしているだろう……と思った瞬間、ドアがカチャリと開いた。





目覚めた時、可畏は自分がどこにいるのか分からなかった。部屋はまだ薄暗い。鳥の声が聞こえてきて、日の出が近いことが分かった。

一瞬で可畏の記憶が戻った。昨日の夜、俺は未祥と結ばれた。今まで一度も感じたことのない、強烈な快感が体中を駆け巡った。絶頂を迎えた時は、このまま死ぬのではないかと思ったほどだ。

その後の記憶はない。眠ったというより、気を失ってしまったのだろう。