第百三十二話

志門はタオルでガシガシ頭を拭きながら、光の前まで来た。そして神妙な顔で光の前に立つ。

「どうした? どっか怪我でもしてたか?」

光が心配そうに志門に訊く。志門は口元をキュッと結んだまま、首を横に振った。そして思い切ったように口を開く。

「光さん、オレ……。オレのせいかもしれないんです。おじいさんが亡くなったの」

「──は?」

光は困惑して志門を見た。志門は苦しそうな顔で下を向いている。最初に会った日に光が買ってあげた服に志門は着替えていた。タオルで拭いただけの髪はボサボサで、湯上りで血行の良くなった顔はツルツルしていて妙に幼く見えた。

「……なんでまた、そんな風に思っちまったんだ?」

光は腕を組んで志門に訊いた。両手をギュッと握りしめた志門は、涙の滲む目を光に向けた。

「おじいさんが純の命令で殺してしまった人と純が殺した人が、生き返ってないか確認したのは、オレなんです。火事になってすぐ家の中を見回った時、玄関の近くに遺体が安置されているのを見ました。

その後、あの霧が広がって、もしかしたら霧のお蔭であの二人が息を吹き返したかもしれないと思いました。オレは中に入って、二人を見たんです。でもお二人は亡くなったままだった。オレは外に出て、裕生に死んだ人がそのままだったことを伝えました。その時、おじいさんは遺体が甦っていないと知ったんです。

火の勢いも増してきたし、オレと裕生は建物から離れました。オレはおじいさんが付いてくると思いこんで、後ろを確認しなかった。あの時無理にでも連れて来れば、おじいさんも純も、死ぬことはなかったと思います」

最後の方は声を震わせて、志門は光に説明した。深い悔恨の情を現した目から涙をボロボロ流し、下唇を噛みしめて光を見る。光はしばし無言でそんな志門を見つめた。そして一つ息を吐くと立ち上がり、志門の後頭部に片手を回す。そのまま志門の頭を自分の肩に引き寄せた。

「お前がじいちゃんを助けたかった、という気持ちはありがたい。でもな、じいちゃんは自分で決めて火の中に入ったんだ。誰のせいでもない。お前が自分を責める必要は一切ないんだ」

光の鼻に掛かった低い声を耳元で聞いて、志門は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。純を背負ったおじいさんが、玄関の前で自分を見返した時のことを思い出す。老人に純を任せず、自分が代わりに背負えばよかった。そしておじいさんを一緒に連れてくれば──。

どうしてそうしなかったんだろう。あそこに残してこなければ、おじいさんは生きて罪を償えたかもしれないのに。

志門は光の肩に額を押し当て、涙に喉を詰まらせた。光は何も言わず、志門の頭に手を置いていた。バスルーム側のドアと、廊下側のドアが同時に開いた。「おっと」という可畏の声と、「アラ」という裕生の声が重なって聞こえてくる。

志門は光の肩から顔を上げた。「お、お邪魔しまーす……」と遠慮がちに裕生が言って、部屋に入ってくる。羅威のスーツを着た可畏は「失礼」と一言いってから目を逸らす。

その何とも言えない対応に、志門はラブホテルの朝を思い出した。まさかこの二人……今の光景を見て新たな誤解をしたんじゃ──。

志門はなんとか言い訳をしようとしたが、裕生のうしろから入ってきた未祥を見て、言葉をなくした。薄いパープルの色ドレスを着て、静々と進んできた未祥は、目を見張るほどの美しさだった。

肩のない胸上からのドレスは、未祥の雪のように白い肌を引き立て、輝かせている。ネックレスなどの装飾はつけず、髪もアップにして紫の花を挿してあるだけだ。可畏と未祥の初夜は短いと分かっている茉菜は、はずすのが面倒な飾りを使用するのはやめにしたのだ。

可畏は息を飲んで未祥を見つめた。なんとなく可畏は、未祥には着物の方が似合うのではないかと思い込んでいた。代々、比丘尼たちが着物を着てきたからかもしれない。でも、ドレス姿の未祥は他のどんな姿よりも美しく見えた。

落とす時間がもったいないと、茉菜は未祥に化粧も施さなかったが、生まれつき青みを帯びた上瞼も、バラの花びら型の赤い唇も、ほっそりした首筋も、シックなドレスに引き立てられいつもより大人びて見える。未祥は可畏の熱い視線を受けて、恥ずかしそうに下を向く。茉菜がエヘン、と偉そうに咳払いした。

「どう? 綺麗でしょ? あたしの手作りのドレスも未祥ちゃんが着ると高そうに見えるわ。まぁ、ウエストはかなりつめたけど」

「あの……茉菜さん、ほんとにいいんですか? 茉菜さんのドレスなのに」

未祥は何度目になるか分からなくなった質問をした。着せてもらう前、何回も確認したのだ。

「いいの、いいの。気にしない! さぁ、三三九度してから二人で二階の部屋に行くのよ。可畏くん、こっちに来て」

茉菜は呆けた顔で未祥を見ている可畏の腕を引っ張った。二人を並んで立たせると、いそいそとテーブルの前に行く。

そこに置いておいた、源さんの一升瓶を手に取る。火事場の混乱で、光が多聞家の広場に放置しておいたのを茉菜は忘れずに持ってきていた。