第百二十八話

「蔵の集会所に集めましょう。あそこなら畳だし、泊まり込み用の布団もあるわ。大変だけど、車で順番に運ぶしかないわね」

茉菜は言ってから、携帯電話を取り出し一一九番にダイアルした。やることが出来たことで落ち着いたのか、てきぱきと救急車と消防車を要請する。

光は連絡を茉菜に任せ、近くに倒れた若い鬼の横へしゃがみこんだ。手をもぎ取られた若者は、血の気のなくなった顔で横たわり、ぐったりとして動かなかった。地面に倒れているのは、同じように重傷を負ったものがほとんどだ。これでは自力で車に乗ることも出来ないだろう。

可畏に倒されずに残っている鬼に手伝ってもらったにしても、避難にはかなりの時間が掛かりそうだ。光はひとつため息をつくと、朝さんに声を掛けた。

「朝さん、村長はどこにいるか知ってるか?」

「多分、自宅だろう。あの人は事なかれ主義だから、今回の騒ぎが終わるまで口出しせず様子を見る気なんだと思う」

「そうか。じゃあ、村長に連絡を取って、役場を開けて警鐘を鳴らせと伝えてほしい。あと、村に放送をかけて、動ける人がいたら多聞家に来て怪我人の運搬を手伝うように呼びかけて欲しいんだ」

「分かった。村長に電話してから、おれも役場に向かうよ」

朝さんは一升瓶を光に渡し、携帯を取り出して番号を押しながら門に向かって走り出した。役場は多聞家からそう遠くない。朝さんは携帯を耳に当て、走って役場に向かった。

光は土塀の脇に停められた車を目指して歩き出した。バサバサと脚にまとわりつく袴が邪魔だった。でも着替えている時間が惜しい。小走りに移動しながら、光は村の外から来る救急車の事を考えた。

救急隊員に、この事態を何と説明したらいいだろう。村人同士で殺し合いをしました、ってか? 言い訳としては成り立つが、理由が説明できない。怪我がただの事故と言えない限り、警察の介入は避けられない。

そして意識が戻った怪我人は、全員口をそろえて証言するだろう。可畏にやられた、と──。そうなったら、可畏の逮捕も免れることは不可能だ。

光は重い気分で足を運んだ。その時背後で「光くん、あれ……未祥ちゃんが!」と茉菜が声を上げた。光は足を止め、広場を振り返った。



未祥は可畏に抱きあげられ、玉砂利の上を移動していた。その後ろ、玄関の引き戸の前では、老人が純の身体を背中に担ぎ上げようとしている。開けられた玄関口からは、多聞家の中を確認してきた志門と裕生が、外へ出てくるところだった。

志門と裕生が見に行った台所は綺麗に片付けられ、人は存在しなかった。ただ、玄関のすぐ横の部屋に、二つの遺体が横たえられていた。二人とも中高年層の男性で、洋服の腹部が血で真っ赤に染まっている。一見して刺し傷だと分かった。

裕生は拓己に聞いた話を思い出した。確か村人が二人、純と光の祖父に刺し殺されたと言っていたはずだ。志門と裕生は遺体を外に出そうとしたが、中年太りした男性は重く、持ち上げることが出来なかった。

四苦八苦しているうちに、上の方からメキメキ、という不穏な音が聞こえてきた。段々、部屋の中も焦げ臭くなってくる。志門はこれ以上留まるのは危険だと判断し、遺体に手を合わせ、裕生を促して玄関に向かった。

外に出た裕生が「未祥!?」と叫ぶ。拓己と正高は城から近い場所にいる怪我人を、離れた場所に運ぶために二人で持ち上げていた。その手も、広場に出てきた比丘尼と可畏の姿を見て止まる。

その場で意識のある者すべてが、青鬼に運ばれる天女に注目した。多聞の命令≠ェ頭に残っている鬼達が、可畏を見て取ると身構えた。攻撃体勢とは裏腹に、鬼達の顔は一様に深い怯えと諦念が見えた。

未祥は広場の真ん中で、可畏の腕から降りた。可畏は未祥を一度ギュッと抱きしめてから、数歩離れて片膝をつく。そして未祥を見上げる。

薬の効き目が消えきらない未祥の体はまだふらついたが、素足を冷たい玉砂利に押し付け、倒れないように踏ん張った。血の匂いと、弱々しくなったうめき声に満ちたその場所で、牡丹の振袖を肩にかけて立つ未祥の姿は、ほんのりと光りを放ち、浮き立って見えた。

未祥は息を吸い込むと、手を合わせ、目を閉じた。未祥の胸の中心の、象の形をした宝珠が熱くなり始める。暖かく、力強い波動が宝珠から全身へ広がっていった。

恵み≠フ授け方など、あたしは知らない。今はただ、祈りたいだけだ。目の前にたくさん、怪我をして倒れている人がいる。この人たちを放っては置けない。祥那は可畏が大鬼王になったと言った。この人たちが酷いけがをした原因が、悪神としての力を持つ大鬼王の仕業なら、天部へ祈ることによって、神の業を帳消しにしてもらえるかもしれない。

神様、どうか誰も死なせないで下さい。可畏が悲しみに駆られ、激情のあまり傷つけてしまった人々を、その手でお救い下さい。ここで苦しむ鬼たちを、村人を、どうか癒してください。

宝を授けるという比丘尼の力を、違うことに使えるのかどうか、未祥には分からなかった。それでも未祥は強く祈った。過去何百年もの間生まれ変わってきた比丘尼達がしなかったことを、初めて実行した。

自分の意志で、自分の願いを神に祈ったのだ。