第百二十二話

志門はフロントガラス越しに、近くなってくる多聞家を見た。

あの恐ろしい可畏に太刀打ちできるだろうか。でもオレはあそこに行って可畏さんを止めなければならない、と志門は思う。今、可畏さんが我を失っているにしても、人殺しだけはさせてはいけない。

未祥ちゃんはこれから消えてしまうのに、自分の為に可畏さんが人を殺したと知ったら苦しむだろう。せめて日付が変わるまでの短い時間を、安らかな気持ちで迎えさせてあげたい。

未祥ちゃんは自分の恋人になって欲しいと思ったことのある女性だ。彼女の送る最後の数時間を、嘆きの涙だけで終わらせたくなかった。

車が多聞邸の前に着く。門の手前には手に槍を持った四人の鬼がいた。車が邸内に入るのを阻めるため、四人が門の前に立ちふさがる。

「中で待っててください。危ないから絶対に出ないで」

志門は茉菜と朝さんに声を掛けた。一人で外に出ようとした志門を茉菜の手が止めた。

「ダメよ。ひとりで行かせられないわ。おやっさんの提案通りに行きましょう」

「でも──ここは上手く通れても中では可畏さんが暴れてるんです。危険です」

「それはあなたも同じよ。さぁ帽子を深く被って。あたしが話をするわ」

茉菜は言った途端にドアを開けた。朝さんも一升瓶を持って後に続く。志門は歯を食いしばると、帽子のつばを下にさげた。外では茉菜が門番の鬼の前に近づいていくところだった。朝さんが志門を待って、一緒に茉菜のうしろについた。

「なんだ? あんたら。ここは今、立ち入り禁止だよ」

四人の中のひとり、見るからに筋肉のかたまりのような体つきの赤鬼が、茉菜の前に立って言った。茉菜は大きな鬼をふり仰いで落ち着いた声で話す。

「私たちは鬼壱≠フものです。多聞様にお祝いのお酒を持ってきました。比丘尼様が戻られたと聞いて、杜氏の源蔵が、秘蔵としてきた最高級のお酒を奉納したいと申し出たのです」

「……へぇ?」

年若い赤鬼は仲間の門番に目をやった。三人の門番は茉菜から朝さん、志門へと視線を移し、じっくりと眺めまわす。志門は緊張を悟られないように、なるべく動かず立っていた。三人の門番の中で、一番落ち着いて見える若者が茉菜の前に出てきて言った。

「光さんの婚約者の茉菜さんですね。おれは来年度の四月から鬼壱≠ナ働くものです。光さんは城の中にいると思いますよ。おれらはさっき、裏門からこっちに回れって言われてきたんで中の様子は分かんないんですけど」

「そうなの。じゃあ通してもらってもいいかしら」

「どうぞ。でもさっきの門番の連絡によると、ヘンな奴が門の中に入ったってことだから、気を付けてください」

「分かったわ。私たちはお酒を置いたらすぐ帰るから。車はそこに置かせてね」

「いいですよ」

青っぽい髪をした青年は、身体を横にして茉菜たちを通した。他の三人もそれに倣ったが、最初に声を掛けた赤い髪の男だけは、ジロジロと志門を見ている。「あの……」と青い髪の青年が茉菜を追いかけるように呼び止めた。茉菜は思わず肩を強張らせて振り向いた。

「この三人はおれの大学の後輩なんです。出来ればこいつらも、鬼壱≠ナ働かせてやりたいんです。今就職難だし、鬼は刀利を離れるのは難しい。鬼壱≠ナ仕事が出来れば助かります」

青年は後輩を思ってそう言ったのだろうが、当の後輩たちはなんとも言えない顔をしていた。特に赤い髪の屈強な若者は、余計な老婆心を働かせやがって、とでも言いたげな表情をしている。茉菜はそれと分からぬようにホッと息を吐いて、先輩の青年に答えた。

「分かったわ。もしやる気があるなら就活の時、試験を受けに来て。光くんも悪いようにはしないと思うから」

茉菜はニコリと笑顔を見せると、門の中へと歩き出した。下を向いていた志門も、さりげなく後へ続く。そのまま門を越えられる、と思ったところで、突然帽子がなくなった。

志門はハッとして振り返る。大きな赤鬼が「こいつ逃げたガキだぞ!」と叫んだ。門番の四人は気色ばった様子で志門の前に集まった。

「なんだか変だと思ったんだ。こいつ、若そうなのにオレの知ってる顔じゃない。オレは村で年が下の奴はみんな知ってる。こんなガキ、見たことないぜ」

「……じゃあ若衆が追っていたのはこの子なのか?」

先輩の青年が困惑した顔で志門と茉菜を見比べた。茉菜は下唇を噛んで青年を睨む。冷や汗が首筋をつたっていく。朝さんはすがる様に一升瓶を胸に抱いた。赤鬼は嬉々とした様子で槍を構える。

先輩は少しためらいがちだったが、三人を侵入者≠セと認識したらしい。門番の四人は志門を取り囲む状態で迫り始めた。

志門は後ろ手に二人に向かって手を振った。「下がって。逃げて下さい」と伝える。

「バレちまって残念だな」

赤鬼は面白そうに志門を見て言った。そして楽しいことを見つけた子供のような顔で続ける。

「さっきの門番は逃亡者≠フ青鬼にあっさり突破されたらしい。俺達は気張って行こうぜ」

「おう!」

先輩以外の二人が興奮気味に返事した。先輩も一瞬迷ったのち、身体を構える。四人の門兵たちの頭の中に、志門は暗い光りを見た。多聞の命令に間違いないが、この四人は命令に逆らう気がないらしい。特に後輩の三人は日常ではない危険な事態に興奮して、戦いたくてウズウズしているようだ。

志門は残念な気持ちで身構えた。好き好んで争おうとする奴らの気持ちは、志門には理解不能なものだった。