第百二十一話 *

羅威さん? あれは羅威さんが一緒にいるのか?

その時、可畏の一番近くにいた大きな男が大声をあげて可畏に突進した。志門にはその人が「おらぁ──っ」と叫んでいるように聞こえた。

その男は手に長い刀を持っていた。頭上高く刀を上げた男が、可畏に刀を振り下ろす。可畏は同じ姿勢で立ったまま、鉄パイプを横に向けて前に出した。ガシンッ、と音がして刀がパイプに当たった。パイプは刀が当たった場所から二つに切れた。

その刀は鍛え抜かれた真剣で、男も刀の扱いを心得ているようだ。男はすぐにまた攻撃の態勢をとり、顔の脇に刀を構える。可畏は半分になった鉄パイプを後ろに放って捨てた。今度は可畏の横から、男が刀を振り払った。可畏はスィと後ろに下がり、刀をよける。

男がもう一度刀を構える前に、可畏の手が男の手首をつかんだ。刀の男は剣の道を熟知しているなめらかな動きをしていたのに、いとも簡単に可畏は男の懐に入った。男の手首をつかんだ可畏は自分の右手をクイッと横にひねった。直後男が「ギャーッ」と叫ぶ。

叫んだ男は刀を取り落した。志門は男の右手が、あり得ない方向にひん曲がっているのを見た。可畏が片手で男の手首を折ったのだ。男は痛みのあまり叫び声を上げ続けている。可畏は目の前の男を無表情で眺めた後、自らの右手を一気に後ろに引いた。

志門は自分の目を疑った。今、目の前で可畏がしたことが信じられなかった。可畏が後ろに手を引いた途端、男は耳をつんざくような叫び声を上げた。男は膝をつき、玉砂利の上をのた打ち回る。

可畏は右手に握っていたものを、ゴミでも投げるように前にほうった。ガシャリ、と玉砂利の上にその塊は落ちて転がる。血にまみれたそれは、男の手首から先だった。

悶えながら泣き叫ぶ男を無視し、ゆらりと可畏は前に出た。村人たちが恐怖のどよめきを上げる。可畏は足元に捨てられた男の刀にふと目をやった。物憂げに腰をかがめ、刀を拾う。刀は各所に配置されたかがり火の、波打つ明かりを刃に映し、オレンジ色の鈍い輝きを見る者に放った。

可畏は少し顎をあげ、眇めた目で無感動な視線を村人に投げる。手前にいる村人たちは一様にすくみ上った。可畏はいきなり、後ずさった村人に刀を投げた。近くにいた数人が飛んでくる刀から逃げようと、後ろを向いてダッシュした。

刀はまるで意志があるように、逃げる若者のひとりを目掛けて飛んで行った。若者の右足のふくらはぎにサクリと刀が刺さる。若者はもんどりうって前に倒れた。

村人から悲鳴が上がった。集っていた村人のうち、鬼ではない者たちがその場から逃げだした。鬼達は多聞の命令の為に、逃げたくても逃げられない。

志門は鬼のひとりに向かって飛んだ。命令を壊せば逃げられると思ったからだ。鬼の頭に突っ込もうとしたのに、志門の意識は直前でバウンドした。トランポリンの上でジャンプするように、柔らかく跳ねてしまった感じだった。

志門はもう一度鬼をめがけて走った。やはり、さっきと結果は同じだった。他の鬼も同様で、志門は頭の中に入ることが出来なかった。

鬼達は油断なく構えながらも、ジリジリと後退していった。鬼でないひとりのでっぷりとした村人が、可畏の横を通って逃げようとする愚行をおかした。可畏は易々と太った男の腕をつかむ。男は恐怖の叫び声をあげた。

可畏は能面のように表情を変えないまま、右手を振り上げる。いけない、と志門は思った。理由は分からないが、可畏が可畏でなくなっている。相手を選ばず暴力を振るうなど、本来の可畏がするとは考えられない。ここの空間も何か変だ。この恐ろしい冷気が空間そのものを歪めてしまったのか。

志門は可畏の頭をめがけて空中を走った。大元は可畏から発散されている気がする。もし何かが可畏に憑りついて支配しているなら、それを壊せるかもしれない。

可畏まであと一メートルと迫ったとき、チラリと可畏がこちらを見た。灰色の瞳には奇怪な銀色が混じり、慈悲などみじんも見えなかった。その目にはまるで志門が見えているようだった。

可畏に届いたと思った瞬間、志門は弾き返された。目の前にパッと白い閃光が走る。ドンッという衝撃を感じたと同時に目を開けた。志門は車の中にいた。可畏の冷たい波動に叩き返され、一気に体まで戻ってしまったのだ。突然跳ね起きた志門を見て、茉菜が「わっ」と声を上げる。

「志門くん! どうしたの、大丈夫?」

「……あ──」

志門は息を荒げ、ドキドキする自分の心臓に手をやった。志門の手は震えていた。神使のオレが近寄れない、強烈な可畏のパワー。人を傷つけることにためらいを見せないあの目。可畏は怒りと哀しみのあまり、悪鬼と化してしまったのか……。

「車を出してください。城に向かって!」

急に志門に言われ、茉菜は慌ててエンジンをかけた。「おう坊主、どうした?」と朝さんが後ろから声を掛ける。志門は逸る胸を押さえて答えた。

「村人が危ないんです! 光さんは無事でした。純は拓己さんと正高さんが捕まえてます。未祥ちゃんは純に──犯されました。

可畏さんは城へ来てます。可畏さんはおかしくなってる! このままではあそこにいる村人全員が大けがをするか、最悪殺されるかもしれません」