第百二話

三人目の男の首に、可畏は手刀を打ち込んだ。

男は声もなく地面に倒れた。完全に意識を失った男の手から、鉄パイプを抜き取る。少し離れた場所に気絶している男の手に握られている折り畳み式ナイフも取り上げ、刃をしまいズボンの後ろポケットに入れた。

一人だけ気を失うことなく唸っている男のそばに、可畏はひざまずいた。男の横に投げ出された鋭い刃物を手に持つと、唸る男の胸ぐらをつかんで上に引き上げた。

「お前たちの狙いはなんだ?」

可畏の問いかけを、男は最初無視した。可畏の足蹴りをまともに腹で受けたため、痛みのあまり声が出ない。でも冷たい感触をほっぺたに感じて、男は目を見開いた。

自分が振り回していたナイフを目の前の相手が自分自身に突き付けている。手にしていたときは心強かった刃物が、今は只の凶器にしか見えない。

「どうしてこんな辺鄙な場所で、俺の車をメチャクチャにしたんだ? 物盗りにしてはおかしいだろう。誰かに頼まれたのか?」

言いながら可畏はさっきまでの出来事を思い出していた。未祥達を見送った後、裕生と一緒に光が迎えに来るのを待っていた。でも見送って五分後くらいに、光の代理だという若者がここに来たのだ。

青年は拓己といった。可畏はその青年のことを覚えていた。父、覚羅聡の妹の子で、確か自分より四つほど年上だったはずだ。可畏が刀利村を出る前に、虫とりや鬼ごっこをして遊んでもらった記憶がある。

拓己は光から、「往復するのも面倒だし、戟を持った女の子を連れてきてほしい」と頼まれたと言った。幼い頃から温和で、今も人のよさそうな拓己の様子と、なじみのある青灰色の髪に、あまり警戒することなく裕生を任せた。

可畏はその後しばらく、同じ場所で待機した。時刻が午後四時を回り、辺りが薄暗くなってきたな、と思った時、派手な車が現れた。山道を猛スピードで上ってきた車は、ドンッドンッドンッと大音量で音楽を流して、可畏のランクルの横に突っ込んできた。

ジャラジャラした鎖を腰に巻きつけた男が車から降り、続いて茶髪でガムをクチャクチャ噛んでいる男が二人、外に出てきた。男の一人は鉄パイプを持っており、運転席から外を見る可畏の目の前でそれを振りかざした。

ガシャンッ、と音がしてフロントガラスが割れた。可畏が急いでドアを開けると、男の一人がタイヤにナイフを刺していた。男はナイフを引き抜き、今度は可畏に向かってナイフを突きだす。

可畏はあっさりその攻撃をよけた。男の手首を叩いて、ナイフを下に落とすと腹に蹴りを入れた。他の二人はその間も車を壊し続け、サイドミラーとタイヤ四つが駄目になった。

可畏は二人を止めるために攻撃を仕掛けた。。残りの男たちも凶器を振りかざしたが、可畏は手こずることなく片付けた。いきがったチンピラ風の見た目の割に、人間を倒す技術は一切持ち合わせていなかったらしい。ものの数十秒でその場は静かになり、可畏は倒れて唸る男をつかみあげたのだ。

可畏に自分のナイフを顔に突きつけられ、男は声を出す力を取り戻したようだった。「頼むから切らないでくれ」と怯えた声で懇願してくる。

「それはあんたの答え次第だ。質問に答えろ」

男は更に押し付けられたナイフを見て、震えあがると目を閉じた。ガチガチ音を立てる歯の間から何とか言葉を絞り出す。

「ジュ……ジュンだよ。オレ達はジュンに頼まれてやったんだ」

「ジュンだと? それは井田川純のことか?」

「なにジュンだかなんて知らねぇよ。オレ達はクラブで遊んでた仲間だから。ジュンは人気者で、いつも大勢の仲間に囲まれてた。羽振りが良くてよくおごってもらってる。今回も金いっぱいくれるって言うからやったんだ」

「どんな条件で頼まれた?」

「話が出たのは昨日だ。ひとりボコッて欲しいやつがいるって言われたんだよ。いつそれをしてもらうかは後で連絡するってことだったけど、さっき──一時間ちょっと前くらいに場所と時間を電話してきたんだ。刀利村の標識んとこにランクルが停まってるから、それが走れないように壊してほしいって。

中にいる男も再起不能か、もしオレ等に根性があるなら殺してくれって言われた。相手は人間じゃないから、気にすることないよって。上手くいったら、一人百万出すって条件だったんだ」

可畏の灰色の瞳に怒りが湧き上がる。男は縮み上がった。可畏がナイフを頭上高く上げると「うわーっ」と叫んで男は失禁した。そして白目をむいて気を失う。

可畏はナイフを横に下ろし、男の首に噛みついた。男の血は不味かった。酒とタバコとドラッグのにおいが鼻孔を抜ける。可畏は我慢して血を飲んだ。力をつけるのに血が一番手っ取り早いからだ。

他の二人からも血をもらうと、可畏は立ち上がった。興奮状態のせいか、血を飲んでも眠気は襲ってこなかった。車を確認したが、どうみても走れそうにない。可畏は男たちの乗ってきた車に近づいた。その時、携帯が着信を知らせた。

画面を確認すると志門からだった。可畏は急いで電話に出る。

「志門くん!」

「可畏さん、無事ですか? よかった」

「今どこだ? 未祥は?」

「オレは山の中です。逃げてきたんです。純に騙されました。未祥ちゃんは……つかまりました」

「なに!?」

「純は最初から未祥ちゃんと戟を狙ってたんです。拓己って人が戟を純に渡しました。純は多聞の息子だったんです。光さんは純に使役されてます。裕生の姿は見てませんが村にいるはずです。あ、充電が……」

「未祥はどこに?」

「多聞の城です。純は未祥ちゃんを再生させる気だ。オレは城に入る方法を考えます。可畏さん、気を付けて! 純は平気で人をころ」

そこで電話が切れた。