第百話

「──お前、これは!」

光が驚愕の声を上げるのと、純が戟を拓己の手からかすめ取るのが同時だった。純は勝ち誇り、戟をつかんだ手を上にあげた。人好きのする可愛らしい顔に晴れ晴れしい笑みを浮かべている。

「ご苦労様。これで戟は、本来持つべき人間の手に渡ったワケだ。おじいさん、もう安心だよ。刀利村はまた、伝説によって安泰を保つんだ。鬼もこれで消えずに済む」

「なんだと!? どういうことだっ」

光が純の襟元をつかんで持ち上げる。純は冷たい視線で光を見返すと「手を離せ」と言った。

光は目を見張ると、すぐに手を離した。息を荒げて悔しそうに歯を食いしばっていたが、どうにも純に手を出せないようだ。志門には、またあの光りが見えた。多聞≠フ命令が光りのかたまりとなって、光の頭の中に入っていくのが──。

「僕は多聞の息子なんだよ」

光に乱された服の胸元をポンポンと叩いて直しながら、純は言った。志門の後ろで、未祥が震えあがるのが分かった。志門は手を横に出すと、未祥を完全に後ろにかばう。

「驚いた? そりゃ、ビックリするよね。僕はあの猿親父に全然似てないもんね。どうやら僕の外見を形作る遺伝子は、完全に母方のほうを優性にしたらしいよ。ま、身長はちょっと親父に似ちゃったけど。でも兄貴ほど父親そっくりじゃない。これは神様に感謝しなくちゃね」

あまりの衝撃に何の反応も出来ない光を前にして、純は笑顔を見せながら髪をかきあげた。そして今度は手のひらに乗せた戟を見て、満足そうに笑う。

「僕の父親はね、多聞義男なんだ。前多聞の当主だよ。あのオッサン、芯からの変態野郎だったんだな。美しい比丘尼様を弄ぶだけでは飽き足らず、まだ十三歳だった僕の母親に手を出したんだから。アイツはね、成人女性じゃ役に立たないんだよ。まだ幼さの残る純粋そうな少女が大好物なんだ。

母が奴に襲われた経緯は知らないけど、もちろん合意の上じゃない。アイツがこの悪趣味な家に母を連れ込んで、無理矢理犯したことに間違いないよ」

「純が──多聞の息子……」

力の抜けた声で光が言う。どうにも状況の呑み込めない光を、気の毒そうな顔で見返しながら純は続けた。

「そう。正真正銘、多聞の子供だ。ちゃんと認知もされてるよ。僕の母は父親の名前を遺書に書き残して死んだんだ。僕の祖父母は娘に死なれてから多聞に認知を迫った。いくらアイツが猿でも、自分がしたことは覚えてたみたいだね。僕を認知して、かなりのお金も寄越してくれた。

村のみんなには本当の事を一切言わず、僕はずっと私生児として育ってきたんだよ。そのまま何もなければ、僕も秘密を墓まで持って行ったと思う。義男には既に長男がいたし、跡取りは兄に決まっていたんだから」

純は軽く首を傾げ、指につまんだ戟を目の前に掲げた。西に傾いた太陽の光りがあたり、ギラリと戟が輝いた。

「何もなければ、僕がこれを持つこともなかった。でも突然、父も兄も死んじゃった。その上羅威くんも死んで、老人たちが慌て始めた。だから僕は名乗り出たんだ。多聞義男の息子ですってね。おじいちゃん達は大歓迎してくれた。

僕はうれしかったよ。今までどこの馬の骨の子供か分からないって目で見られてきたんだから、当然だよね。でもある意味、あんな奴の息子だって方が、馬の骨より酷い事実かもしれないけど」

ククッと楽しそうに純は笑う。未祥は童顔で優しい顔立ちの純の笑顔が、よく出来た綺麗な仮面のように見えた。不意に聡おじさんの日記を思い出す。祥那が言ったあの言葉……。

笑顔の裏の本当の気持ちは分からない

「それじゃあお前は、多聞≠ノなるつもりなのか? まさか──最初から、俺たちを騙してここに連れてきたのか?」

「多聞になる≠じゃなくて、僕は元々多聞なんだよ。光さん達をここに連れてくるための説明は、ちょっと脚色したけどね。だって本当の事言ったら絶対来てくれないだろ? また遠くに逃走されても面倒だし、どうにか納得してもらえる方法を考え出したんだよ。だからああするのが一番スムーズだって思ったんだ。

そうそう、もちろんあの場所も羅威くんから教わったんじゃないよ。僕はあんな風に斜に構えているヤツ好きじゃないから、ろくにしゃべったこともなかったし、友達なんてとんでもない。別荘の場所は多聞の兄貴が連絡してきたんだ。昨日の日中買い物をしている羅威を街で見かけて、後を追いかけて居場所を突き止めたそうだ。

戟を持つ羅威の居場所が分かったって兄は張り切ってたよ。兄貴は夜中に別荘を探りに行って、その後一人で無理矢理取り返そうとしたから死ぬことになっちゃった。バカな男だよね。見た目と同じで頭も猿並みだったってことかな。僕はそんなヘマはしないけどね」

純は顎を上げ、顔を上に向けた。そして戟を持つ手を顔の上に掲げる。純は口を開け、軽く舌を出した。そこに戟を落とし、ペロリと口の中に入れる。純は水もないのに喉を鳴らして戟を飲み込んだ。可愛らしい形をした唇は一瞬で戟を吸い込み、ピタリと閉じられた。

純は満足そうにうなずくと、未祥に向かって手を差し出す。柔らかな笑みを浮かべた顔は、表面上は天使のように見える。

「さぁ、おひいさま。僕と一緒に来るんだ。あのお城の中に入るんだよ。君が本来いるべき場所にね」

未祥は志門の後ろで後ずさった。頭が混乱して、まともにものを考えることが出来ない。

純と一緒に行く……? 
そうしたら可畏は──

「大人しく言うことを聞いた方が得策だと思うよ。君が逆らえば、僕は鬼に命令を出さざるを得ない。そうすると痛い思いをするかもしれないよ。僕は平和主義者だから、女性に手荒なことはしたくないんだよ」

「裕生はどうした?」

志門が腕で未祥を後ろに囲って純に訊いた。