第九十四話

「でもお前たち、今から帰らんと今日は帰れなくなるぞ。明日学校は休めるかもしれんが、親はどうする? 納得させることが出来るのか?」

「電話してみます。もう嘘はつきません。どうにかして理解してもらうつもりです」

決死の覚悟の表情で裕生が言う。志門も頷いた。光はため息をついて純に向き直った。

「俺は彼らの友情を尊重しようと思う。悪いがもう少し待ってくれないか? こんなとこではなんだから、中に入って少し落ち着こう」

光が家の中へと促すと、純はこわばった顔をしたあとゆっくり上を見上げた。しばらくそのまま玄関の上方を凝視している。純はジリジリと後ろに下がった。

志門の目にはそれが、運悪く機嫌の悪い犬と一本道で鉢合わせになってしまい、どうにか逃げようと後退していく人間の動作に見えた。

「中に入って茶でも飲んでてくれ。そんなに待たせないから」

光がまた言うと、純は上を見ていた目を光に戻した。引きつる口元を笑う形に引き上げ、軽く首を横に振る。

「いや、僕も村に連絡を取りたいから車に戻るよ。準備が済んだら来てもらえると助かる」

それだけ言うと純は後ろを向き、軽やかにスロープを下りて駐車場へ向かった。志門は彼の行動に不自然な何かを感じたが、それが具体的に何か? と訊かれると何とも答えようがない気もした。

純という人間に対して自分が持っているつかみどころのない違和感にもどかしさを覚えながらも、全体を通してみると辻褄があっているので、警戒する必要性があるのかどうか分からなくなってしまう。

それにゆっくり考えている時間がない。どうにかして、親に家に戻れないことを上手く伝えなければならない。

光が玄関を上がったので、志門は玄関ドアを閉めた。その時にはもう、あの奇妙な振動はなくなっていた。



志門の電話。

「もしもし、烏川です」

「あ、お父さん。オレ」

「おお、志門か。ちょうどよかった。今、電話しようと思ってたんだ」

「え? なんで?」

「その前にまず、今どこにいるのか、どんな状況か教えてくれ。お前──誰かの一生に関わる面倒事に巻き込まれてないか?」

「──う……ん、そうだよ。今は刀利村という場所の近くにいる。これから村に行くんだ。状況は長くなるから今は言えない。ただ……友達の人生が大きく変わるかもしれない事態になってるんだ。オレはそのことを、最後まで見届けたいんだ。でもどうしてお父さんはそれが分かったの?」

「兄貴から電話があったんだ。烏川神社の直己伯父さんだよ」

「直己伯父さんから? なんで?」

「それがなぁ……。兄貴の言葉をそのまま言うぞ。志門は今、大きな運命の只中にいる。そこには人間には思いも及ばない、神の力が働いている。志門はそこに巻き込まれ、何かの役目を果たすだろう。

吉と出るか凶と出るかは、終わってみるまで分からない。でもお前たち親が志門を止めてはいけない。あの子がやりたいようにやらせなさい。あの子には八咫烏がついている。心配だろうが見守ってほしい=Aだとさ」

「伯父さんがそんなことを……」

「ああ。兄貴も小さいころから不思議な力があって、カラスさまが憑いていると言われてたからな。お前の事も何か感じたのかもしれない。そうだ、こうも言っていた。神棚に納めてある掛け軸だ。普段は絵の劣化を防ぐために木箱に入っているのを、開いてみたそうだ。そうしたら描かれている三羽のカラスのうち、一羽が消えていたんだとさ。

同時代に八咫烏の力を持つのは三人なんだ。お前のカラスさまは今、お出かけだそうだ。兄貴が言うには神使様の邪魔はご法度だということだ。志門、お前は自分の心に従え。ただ親としてこれだけは言わせてもらう。頼むから、無事元気な姿で帰ってきてくれ」

「うん分かった。お父さん、ありがとう。お母さんにもお礼を言っといて」



裕生の電話。

「はい、神堂です」

「母さん、あたし」

「あら、裕生。あんたいつまでも未祥ちゃんのところにお邪魔してて大丈夫なの?」

「うん、大丈夫」

「そうなの。あんたにもお泊りできる友達が出来て良かったわねぇ。あんたってばいっつもひとりで遊んでたもんね」

「そうなんだ。だから未祥には感謝してる。ねぇ、母さん。自分が物語の脇役として映画に出られるとしたら、例え重要な役じゃないにしても、最後まで出演したいって思う?」

「え!? なに、あんた映画に出演するの? あんたの顔でも役者が出来るの?」

「違うってば。ものの例えだよ。でもあたしは今、立場的に主人公の脇役なんだ。それで出来れば、そのお話に最後まで関わりたいの。多くの場合、そういうストーリーでは学校とか勉強とか日常のことに戻れないシーンがあると思わない? 今がそれなの」

「……なぁに? 要するに明日学校を休むってこと?」

「はっきり言えば、そう。ついでに今晩もよそに泊まることになる。でも理由は、遊びたいとか怠けたいとかじゃないよ。あたしは脇役としての使命を果たしたいだけ」

「……」

「ダメ?」

「そうね……。その物語に、イケメンが出てくるかどうかによるわね」

「イケメン?」

「そうよ。イケメンの出ない映画なんて私は見ないの。若くてイイ男が出てくれば文句ないわ」

「うーん。イケメンには事欠かないよ。今いるのは、マッチョなイケメンと細マッチョなイケメンと、発展途上のイケメンと、小ぶりのイケメン」

「──ちょっと、それって逆ハーレム状態じゃない。写メ! 写メしなさい。それで母さんが納得すれば、学校にもお父さんにも適当に言い訳しといてあげる」

「……わかった。写真撮らせてもらえるか聞いてみる」

裕生は光と可畏、志門に写真を撮らせて欲しいと頼み、横一列に並んでもらった。三人を撮った後、駐車場まで出向いて純に写真を撮らせて下さい、とお願いした。純は快くオーケーしてくれ、運転席から顔を出してニッコリ笑ってくれた。

母にメールを送って、数秒で返信が来た。
文の内容は「ひとりくらいモノにしなさい」だった。