第八十八話

光の携帯が着信音を響かせたのは、午後一時半をまわったところだった。

一同はきちんと昼食をとった。羅威を忍ぶために、羅威が好きだった食事を楓が用意した。テーブルに出てきたのは、焼き餃子だった。

楓は調理中未祥とお喋りしながら、てきぱきと餃子の具を刻み、皮は小麦粉と水を練って形にしていった。

「羅威くんに初めて餃子作った時、めちゃくちゃうめーって褒めてくれたの。いつもはあんまり食欲ない人なのに、あっという間に食べちゃった。もう何回作ったか分からないくらい食べさせたよ」

未祥も餃子を手作りするが、皮は市販のものしか使ったことがない。楓の料理の腕は確かだった。未祥は教わりながら餃子を焼いた。

料理の途中でらいらがぐずり始めたので、楓はオムツの交換と授乳をやった。「赤ちゃんがいると料理も一気に出来ないから、未祥ちゃんがいてくれて助かるわ」と楓は笑顔で言う。育児をしながらの家事は、とても重労働だろうな、と未祥は思った。

餃子は美味しかった。六人は羅威を偲び、鎮魂の思いを込め、感謝して食事を摂った。食事の前、羅威の部屋から戻ってきた可畏と光は目を赤くし、志門と裕生も神妙な顔をしていた。でも美味しい昼食に少しだけ元気をもらったようだ。

食事の後、未祥と楓も羅威の手紙を読ませてもらった。未祥は涙ぐみ、楓は泣き崩れた。楓は羅威が普通の人間ではないと、なんとなく分かっていたようだ。

らいらの為にも、楓には一切の事情を説明しなければならない。可畏はここに滞在しながら、ゆっくり楓に語って聞かせようと思った。これから先のことは、今は考えられなかった。

志門と裕生は、時間が残り少ないことを愚痴りながら周辺を散策した。さえずる鳥の声を聴き、林の中の新鮮な空気と静かな風景を味わい、ここを離れたくないという思いが強くなった。

二人はこのペンションの不思議な居心地の良さに気付き始めた。でも滞在を引き伸ばすための理由が見つからない。志門も裕生も、自分たちが高校生であることを嘆いた。

「未祥、電話ちょうだいね」

部屋に戻った裕生は、らいらを抱っこする未祥に頼んだ。未祥は裕生が帰ってしまうことが心細くて、頷いたものの喉が詰まった。今まで裕生がいてくれて、どれほど心強かったか……。本当は帰って欲しくない。でも学校がある以上、止めることは出来ないと思った。もう会えないわけではないと分かっているが、それでも別れはつらかった。

志門は光が地元まで送ってくれるというので、感謝しながらも震えあがった。光の運転にまた耐えなければならない。光の車は可畏の大学に停めたままなので、可畏の車で志門と裕生を送り、大学で自分の車と乗り換えることにするという。

「可畏がこっちで動くのは、羅威の車を使わせてもらえ。俺は二人を送ったらその足で取って返す。さぁ、三十分後に出発だ。忘れ物がないか確認しておけよ」

光に言われ、志門と裕生は制服など多くもない荷物をまとめ始めた。その時、光の携帯が鳴った。画面を見てそれが婚約者の茉菜からだと分かると、光は気楽に電話を受けた。

「もしもーし」

「あ、光くん? あたし。今どこにいるの?」

「今? ああ、羅威の家にいる。すまんな、連絡しなくて」

「それはいいんだけど……。ね、もしかして羅威くんに何かあった?」

光は思わず口をつぐんだ。光は羅威のことも多聞のこともまだ村には連絡を入れていない。

「それが──実は死んじまったんだ。多聞の息子に殺された」

今度は茉菜が黙った。電話の向こうで息を飲んだ音と、続いてすすり泣きの声がする。茉菜は一緒に村で酒造りの仕事をしていたので、羅威とは知り合いだった。

「すぐに連絡しないで悪かった。こっちも色々ゴタゴタしていてな。でも何で分かったんだ?」

「……はま……破魔矢が落ちたの。あたしはよく分かんないけど、羅衆と夜衆の当主が亡くなると、神棚から破魔矢が落ちて折れるんだよね? 羅威くんは双子だから、二本の破魔矢が用意されてたらしいけど、そのうちの一本が落ちちゃったの。

それと多聞家の応接間に飾ってあった、多聞義男と息子の写真が真っ黒に変色しちゃって……。光くんのお爺さんがそれを見て村の人たちと会合を開いてるの。なんか難しい顔して、これは村始まって以来の危機だって」

「危機? なんでだ? 多聞が死んだのは悪いことじゃないだろう。あいつは村にとってただの疫病神だったんだから」

「う……ん、そうだよね。でもやっぱり、村にいる古い考えの人たちはそう思わないんだよ。刀利村は多聞がいて、鬼がいて、比丘尼がいるからこそ成り立ってきたんだ、早急に元の状態に戻さないと、どんな災厄が起きるか分からないって」

「──なんだと……?」

「比丘尼と羅衆の当主は健在だから、即刻村に迎え入れ、比丘尼は多聞家に納まってもらわないといけない。そういって、村の女の人たちに着物やごちそうの用意をさせてるの。

あたしは酒蔵の方があるからやってないけど、特にお年寄りの女性が総出で、比丘尼の着物を虫干ししたり、食事の準備に掛かったりしてる。多分、もうすぐ光くんのとこへ連絡が入ると思う」

光は電話をもったまま絶句して固まった。そんな光を見て、他の五人は緊張した面持ちになる。らいらだけがスヤスヤとベビーベッドで寝ていた。

光は茉菜にお礼を言ってから電話を切った。問いかけるような顔で自分を見ている可畏を、眉根を寄せて見返した。

光が言葉を出す前に、また携帯電話が鳴る。光は番号を見て電話に出た。