第八十話

シュッと鋭い音を立てて繰り出された脚を、後ろにステップしてなんとかよけた。光が態勢を整える前に、クルリと回転した志門の脚がまた攻撃を仕掛ける。

ついに足元を志門の足が直撃した。横ざまに倒れそうになるのを、地面に片手をついて押さえ、反動で体を持ち上げバック転して立ち上がる。志門は独特の低い姿勢で立ち上がった光に近づく。

「ストップ、ストップ!」

光は両手を広げて志門に合図した。手を前に構えたまま、志門がピタリと止まる。光は肩で息をしながら、枯れた芝生の上にへたり込んだ。夜衆の長兄として光も鬼術を習ってはいたが、志門の身軽で子ザルのような素早い動きに、かなり振り回されることになった。

志門はとにかく隙がない。身長も同年代の子と比べて高い方だと思うが、ちょこまか動き回るので捕えどころがないのだ。

光は一つ息をつくと額の汗を手で拭った。よく晴れた日だったが、山の冬の朝はまだかなり気温が低い。それでもしっとりと体に汗が滲んでいた。

「なかなか手ごわい武術だな。躰道、だっけか?」

「そうです。でも鬼術もすごいですね。光さんの動きはオレの攻撃を読んでるみたいだ」

志門も光の横に腰を下ろして、胡坐をかいた。このところずっと車に乗り通しだったので、体が鈍ってしまっていた。それで朝食の後、光に鍛錬の相手を頼んだのだ。

「鬼術は防≠ノ重きを置いた術なんだ。まず相手の気配を読み取る。相手の出方を見てからどう攻めるか、逃げるか、判断するんだ。元々鬼術を生み出したのが誰なのかは知らんが、俺たちの先祖によっぽど武道好きのじーさんがいたってことだろうな」

「俺もまぜてくれるか?」

声とともに、パサリと頭にタオルが掛かる。二人は薄茶色のホテル使用のタオルと取ると、斜め後ろに目をやった。可畏が腕をまくりながら二人の元へ歩いてきた。気配は全く感じなかった。

「おう、どうした。もう片付けは終了か?」

「邪魔だって追い出された。一枚皿を割って怒られてきたよ」

苦笑いしながら、可畏は二人の前に立った。志門はなんとなく、可畏と目を合わせることが出来なかった。未祥は可畏に抱きしめられてしばらく泣いた後、突然「ご飯」と言って立ち上がった。どんな事情があれ、食事の準備をするという主婦根性は未祥に染みついていた。

五人は口数も少なく、暖かいご飯と味噌汁、卵焼きの朝食をとった。可畏は未祥に悪いと思っていたらしく、自分も後片付けを手伝うと言って台所に入った。女子二人と可畏が台所に入るとかなり狭いので、志門と光はやることもなく、外で手合せすることになったのだ。

「可畏さん、あの……さっきはすみませんでした。生意気なこと言って」

気まずいままなのはイヤなので、志門は先に謝った。未祥ちゃんが泣いているのを見て、勢いで可畏さんを責めるような事を言ってしまった。

実際──、と志門は思う。好きな子とH出来ないなんてショックでかいだろうな。

「あれは怒られて当たり前だ。言われて目が覚めたよ。もう気にしないでくれ」

可畏はそういうと、志門に手を差し伸べた。志門が手をつかむと、引っ張って立ち上がらせる。志門から数歩離れ、可畏は軽く身構えた。

「さぁ、どこからでも来い。本気で頼むよ」

余裕の表情で言われ、志門の闘争心が燃え立った。可畏さんは鬼術使いだけど、光さんとの手合せのお蔭で鬼術の動きには慣れた。そう簡単にオレを捕まえられるはずがない。

志門は低く構え、軽く飛んで攻撃の準備をする。躰道は攻防一体の優れた武道だ。攻めも守りも一度にこなすことが出来る。

志門は手刀を打ち込んだ。スイ、と可畏は横に避ける。右足、左足、順番に素早く蹴り上げるが全く相手に当たる気配はない。当たった、と思った途端可畏の姿はスッとなくなる。気が付くと横にいる感じだ。

志門は一度距離を置くと、体を回しながら相手を攻撃する転≠フ技を仕掛けた。志門の脚は可畏の腕を狙って弧を描いた。バシッと足が当たる感覚があったが、それは可畏が腕で攻撃を受け止めたものだった。弾かれながらも志門はクルリと前転し、瞬時に立ち上がり振り向く。そこに可畏の手がアップで迫った。

咄嗟に後ろによけたが、まさに奇跡だった。速い、と思った瞬間には腕を体の後ろにねじりあげられていた。後ろから両腕を掴まえられ、完全に動きを封じられる。

「くそっ」

志門が食いしばる歯から悔しそうに言う。可畏は軽く笑うと志門の腕を離した。ガシャン! とガラスの割れる音が響いたのは、その時だった。




皿洗いが済んでから、未祥は部屋に掃除機をかけていた。階段下の収納を調べたら、箒やモップ、雑巾、バケツなどの掃除用品と一緒にちゃんと掃除機も仕舞われていた。未祥はホッとして使わせてもらうことにした。

とにかく何かやっていたかった。羅威がさっき語ったことを心に納得させるのに、じっとしているだけでは気が滅入りそうだったからだ。

昨日クリーニングが入ったというだけあって、部屋はさほど汚れていない。それでも未祥は丁寧に掃除機をかける。裕生はきれいな雑巾で棚の上を拭いている。

ドガシャッ、という音が聞こえ、未祥は裕生と目を合わせた。掃除機を動かしているのに、ハッキリ耳に届くほど大きな音だった。

未祥は掃除機のスイッチを止め、音のした方に目を向ける。そこは羅威が入っていった部屋の方だった。