第七十五話

志門は思わず息を飲んだが、吹き抜けの天窓から入る月の光でそれが可畏だと分かった。可畏の白い顔はすでにこちらに向いていた。志門を確認すると軽く頷く。志門は急いで可畏のいる場所に移動した。

「可畏さん、今──」

「ああ、俺も妙な気配を感じて目が覚めた。なんだか分からないが、強い圧力を感じたんだ。どうやら何者かがこの建物の周りをウロウロしていたらしい」

「人間、ですか?」

「だと思うよ。ちゃんと意思≠感じ取れたから。でもその気配は悪意が強い気がした。だから今、ペンションに結界を張ったとこだ」

さすが、と感心しながらも、ゾクリとくる感覚を抑えきれなかった。悪意のある視線……。学校で感じたのは、羅威のものだと思っていた。羅威が未祥を奪うために見張っていたのだろう、と。でも今は──。

「あの、羅威さんはどうしてますか?」

「羅威はまだ寝てるよ。ほんとにあれから、いっぺんも起きてない。トイレも行かないんだ」

「そうですか……」

羅威でないとすると一体誰があの視線≠送ったのだろう。しかも真冬の深夜だ。よほどのモノ好きでなければ出歩きたい時間ではない。

「とりあえず、結界を張ったから戻ってきても危害は加えられないだろう。志門くんも休んだ方がいい。明日、建物の周りを見てみよう」

「わかりました」

志門が素直に答えると、可畏は柔らかい笑みを浮かべた。硬質な冷気を放つ月の輝きに照らされた微笑は、静謐な美しさを見るものに与えた。

「志門くんがいてくれて心強いよ。何かまた気になることがあったら、すぐに知らせてくれ」

可畏は手を軽く上げると羅威のいる部屋のドアノブに手を掛けた。志門も笑い返すと、元来た廊下を戻って部屋に入った。光はさっきと同じ姿勢で眠っている。

布団に入っても眠れないかも、と志門は思ったが、数分で眠りにつけた。朗読は結構疲れる作業だったらしい。その後は何も感じず、次に目覚めたのは、朝の太陽が昇った後だった。




未祥は客室のドアをそっと閉めると、木の階段をゆっくり降りて行った。午前六時。体内時計が働いているのか、習慣で必ずこの時間に目覚めてしまう。裕生はまだ布団を被って寝ていたので、起こさないように気を付けた。

歩きながら朝食のメニューを考える。男性が多いとご飯がすぐなくなるから米は五合分、タイマーで炊飯器にセットしておいた。お味噌汁は豆腐とワカメとほうれん草がいいかな。後は厚焼き玉子……。

なるべく音を立てないように可畏と羅威のいる一階の部屋のドアを開けたつもりだったのに、一歩中に入った瞬間、絨毯の上で誰かが起き上がるのが見えた。

遮光カーテンが閉められているので、隙間から差し込む太陽の輝きだけではそれが双子のどちらなのか分からなかった。でもシルエットになったその人物が手招きをしたので、可畏だと分かった。

未祥はパジャマにコートを羽織った格好で可畏のいる場所まで移動した。半身を起こした可畏の向こうに羅威が背を向けて寝ているのが見えた。ブランケットの上に可畏が厚手の毛布を掛けたので、その中にもぐりこんでいた。可畏とそっくりの青灰色の髪だけがひと房、はみ出している。

可畏が脚に掛けていた布団を上げたので、未祥は可畏の横に入り込んだ。可畏は未祥のコートを脱がすと、抱きしめてから横たわる。未祥は可畏の腕と引き上げられた掛布団の中にくるまれた。

「一度も起きなかったの?」

顔まで布団を被り、目の前の可畏に小さな声で質問した。未祥は羅威のことを言っているのだと察した可畏は、笑って頷いた。

「ああ。もう十二時間くらいはぶっ続けで寝てる」

「そうなの。疲れてたのかな。朝ご飯は食べるかな」

「食べるだろ。でも、未祥の美味しいご飯をあいつに食べさせるのは……ちょっと悔しいな」

「なぁに、それ。可畏ってそんなにケチだっけ?」

「俺はまだ、あいつが未祥にしたことを完全に許したワケじゃないからな」

そういうと可畏は未祥の手首に残る、赤い傷跡にくちづけた。未祥は微笑むと可畏の背中に腕を回した。布団の中は可畏のぬくもりがいっぱいで、気持ちいい。可畏も未祥を抱きしめる。

ペンションの宿泊者用パジャマはそれほど厚地ではなく、未祥の躰のラインをしっかり味わうことが出来た。可畏の手が未祥の背中から臀部を探るように這っていく。未祥は思わず息を止めた。

すぐ近くに実の弟が寝ているというのに、可畏ってばHなんだから……!

そう思いながらも、可畏の手を拒絶することは出来なかった。可畏は少し体を離すと、未祥に口づけながらパジャマのボタンを一つ外す。焦げ茶色のパジャマは深めのV字型をしており、ボタンを一つとるだけで、可畏の大きな手が未祥の胸元に入り込むのに充分だった。

ダメ、と軽く抗うものの、可畏の手はいともたやすくその抵抗を突破した。未祥は寝る時、ブラをつけない。下着は洗濯してしまったので、素肌にパジャマを着ているだけだ。

可畏の指が未祥の乳房の突起を優しくなぶる。心はダメだと抵抗するのに、未祥の躰は可畏の愛撫を求めて力が抜ける。可畏の手が遠慮なく未祥の胸元で動き出した。

未祥は可畏の肩口の袖を握った。いけないと思う反面、もっと探って欲しくて中心が熱くなる。

その思いが届いたかのように、可畏は未祥に覆いかぶさり、上半身から下部へとその手を移していった。未祥のそこに可畏の手がたどり着き、パジャマの上から優しく、強く刺激を与える。

「フィニッシュは俺の役目だろうな」

いきなり声が聞こえて、可畏は跳ね起きた。