第七十四話

食事が済むと各自でペンションの中を探索した。玄関から入って一階の左半分はペンションの管理人が住む場所に当てられていると分かった。

食事をしたカウンターキッチンと暖炉のある部屋の隣にトイレや洗面台、風呂場があった。更にその奥が寝室だ。ここを羅威は生活するスペースにしているらしい。

他は客室や食堂があったが、使われている形跡はない。宿泊客の食事を作る調理場はかなり広いし、調理器具もそろっている。客室の押し入れにもきちんとベッドが整えられる備品が入っていた。

客室にあるバスルームは水が出なかったが、少し準備をすればすぐにでもペンションを経営出来る状態に見えた。どうやら前のペンションの持ち主は、経営の為に準備した諸々のものも全部一緒に売り払ったようだ。

未祥は羅威の寝室のさらに奥にある収納庫から、宿泊客用のパジャマを引っ張りだしてきた。いつ洗濯されたものか不明だったが、ちゃんと専用の業者が洗ったのかパリッとしていて充分着られそうだった。

羅威が使っている風呂場を借りて順番にお風呂に入った後、脱いだ服を洗った。冬の制服は基本クリーニングに出すものなので、それ以外の服をドラム式洗濯機に押し込む。

明日また着られるように乾燥で半乾きにしてから、外の物干し竿からとってきた洋服用ハンガーや、ピンチ付きの物干しハンガーをカーテンレールに引っかけて干した。

以前、乾燥機でしっかり洗濯物を乾かしたら縮んでしまった服があったので、それ以来、未祥は完全に乾かすのをやめていた。

「なんだか一気に所帯じみて来たな」

ズラリと室内に干された洗濯物を見て、光がひとりごちた。でも本来、生活とはこういうものなのだ。テレビドラマではないのだから、綺麗な部分だけ切り取って生きてはいけない。

誰かがトイレや風呂場を洗ったり、大量の洗濯物を干したり、食材を食べられるように調理しなければならない。一つでも飛ばすと、まともな人生が送れなくなる。

その後羅威の眠る絨毯にみんなで集まり、すぐそばにあるテレビを見ていたが、羅威は全く起きる気配がなかった。

収納庫にはホテル使用の歯ブラシも残っていたので、歯を磨いた後各自で眠る部屋を決めた。一階には食堂の奥に二部屋あり、二階は階段を挟んで左右三部屋ずつ、合計八部屋の客室があった。

一階の一部屋に光と志門、二階に上がってすぐ左手の部屋に未祥と裕生が寝ることになった。可畏は絨毯で寝ている弟の近くで過ごすことにした。羅威の顔色は相変わらず悪いし、目が覚めたら色々聞きたいこともある。心配と警戒。二つの理由でそこに決めた。

激動のような二日間だった。それぞれが疲れていた。みんな体を横たえた途端、深い眠りについた。





志門が目を覚ました時、部屋の中はまだ暗闇だった。カーテンの間から細く差し込む月明かりが板張りの床に光の線を描いているのが見える。

志門は身をよじり、隣のベッドを見た。時計のついた小テーブルを挟んで、奥のベッドに寝ている光のシルエットがぼんやりと確認できた。光の姿が見えて志門はホッとした。

時刻は午前二時。ぐっすり眠っていたはずなのに、突然意識を持ち上げられるような感覚で目覚めたのだ。自分の心臓が必要以上に早く拍動している気がする。この感覚、なんとなく覚えがある、と志門は思った。

圧迫感を感じる──視線。

視線。そう、視線だ。まだそれほど前のことじゃないのに、千年も前に体験したように感じるあの視線。

学校で未祥ちゃんと一緒に登校した時見られている≠ニ思った感覚だ。あれと同じなのだ。でも、なんでこんな場所で……。

志門は上半身を起こしベッドから脚を出した。まだ一月の半ばだし、この辺は山だから夜はかなり冷え込む。ベッドの下のスリッパを探して足を差し込んだ。月明かりを頼りに、部屋の隅に置いてあるポールスタンドからコートを取ると、急いで袖を通す。

慎重に窓際まで寄り、耳を澄ませた。特に不審な音は聞こえなかった。風のない、静かな夜だ。そっとカーテンをめくると、前庭の枯れた芝生と背の低い植木が、真冬の鋭い月の光を息をひそめて受け止めているのが見える。

気のせいか……と思った時、目の端が、動く影を捉えた。それは庭の芝生の真ん中を突っ切る小道の一番奥だった。可畏のランクルのすぐ近く。要するにこのペンションへ入る為の入り口の方だ。

月明かりはその動く影を一瞬浮かび上がらせてくれたが、すぐに駐車場横の大きな木の陰に混ぜ込んでしまった。それ以来、ずっと見ていても何も動かなかった。もしかしたら猫とか犬とか、もっと違う動物の可能性もある。それほど大きな影には感じなかった。

志門はしばし、じっと小道の向こうを眺めていたが、ここからではどう頑張っても影の正体を突き止められないと判断した。外に行ってみようか……と思う。でももう、あの変な圧迫感のある視線は感じない。

少し考えてから、可畏のいる部屋に行くことに決めた。可畏は鬼術使いだ。もしかしたら何かわかるかもしれない。

光は全く起きる気配はなかった。深い寝息が聞こえてくるから、ノンレム睡眠の真っ最中なのだろう。高速のサービスエリアで買った酒を、夕食後飲んでいたので余計眠りが深いのかもしれない。

志門は物音を立てないようにドアを開け、廊下に出た。廊下は月明かりが差し込む反対側なので薄暗い。スリッパがパタパタいわないように注意しながら志門は足を進めた。なんとなく──と志門は思う。

オレはこの事態に巻き込まれてから、以前より霊感が強くなった気がする。前から色々見る方だったが、ここにきて急にその能力が高まった感じがするのだ。未祥ちゃんや可畏さん、光さんなど、人間ではない人物と関わっているからだろうか……。

志門が階段わきの通路、玄関へ向かう廊下に折れると、廊下の奥に大きな人影がぬっと立っていた。