第六十九話

未祥は可畏の少し後ろから双子の様子を伺う。可畏は眉根を寄せて挑むように弟を見返していたが、やがて表情を緩め、肩の力を抜いて細く息を吐く。

「……お前が、少しでも人の痛みが分かる人間なら未祥に謝れ。謝らない場合、兄弟の縁を切らせてもらう。今後は心が壊れた可哀相な危険人物としてお前を扱うぞ」

可畏の視線には怒りとともに憐憫の想いが見て取れた。弟を見損ないたくないという気持ちと、どう出るか分からない気持ちがごちゃ混ぜになっている。

羅威は静かに立つ兄を息を殺して見つめた後、可畏の後ろから成り行きを見ている未祥に目を移した。

「悪かったよ、痛い思いさせて」

光に羽交い絞めにされたままだったが、未祥に向けてはっきり、羅威は謝った。じっと自分を見つめる羅威の目には、真摯な思いが見て取れた。

未祥は急に謝られて、どうしたらいいか分からなくなった。いいですよ、とも言いにくいし、謝っても許せない、とも言えない。言葉にしがたい居心地の悪さを感じて、未祥は視線を足元に向けた。

「分かったんならいいわ。次はあたしの番ね。さぁ、こっちに尻を向けなさい」

未祥の隣から裕生が言った。羅威は目を見開いて未祥から裕生に顔を向ける。羅威の視線が動いて未祥はホッとしたものの、裕生を見てポカンとした。裕生の手は両方を組み合わせて、人差し指だけ前に突き出す鉄砲の形を取っていた。

「なんだよ、そのカンチョーの型はっ」

頬を引きつらせながら羅威が言う。志門は、ああやっぱり、という顔で額に手を当てた。裕生がジリジリと前傾姿勢で羅威に近寄る。

「三年殺し≠諱B受けなさい!」

「大山倍達かっ。つーか三年殺し≠ヘカンチョーじゃないだろ。七年殺し≠フ間違いじゃないか!?」

「あたしが読んだ漫画では三年殺し≠ェカンチョーだったの!」

「低俗な漫画読んでんじゃねーよッ。うわ! 誰かこの女止めろ」

思わぬ素早さで羅威に近づこうとする裕生を見て羅威が悲鳴に近い声を上げる。光の腕の中で羅威は出来る限り後ずさりした。

カンチョースタイルのまま羅威に近づく裕生を、光は目をパチクリさせて眺め、可畏は口を開けて傍観し、未祥は呆気にとられたまま止めることが出来なかった。

一人冷静だった志門が、軽く息を吐くと足を出した。躰道で鍛えたしなやかな動きで、難なく裕生の腕を捕まえる。志門の両手で肩を押さえられた裕生は「離してよ! こいつが未祥にしたこと忘れたの!?」とわめきながらもがいた。

「落ち着けって。ここは可畏さんに任せようぜ」

志門は裕生を説得しながら光に目くばせした。光は裕生の様子を見て一度鼻を膨らませた後、羅威にまわした腕を解いた。羅威は裕生から目を離さず、二、三歩後ろへ退く。未祥は急いで裕生と志門の所へ行き、裕生の腕に自分の手をそっと乗せた。

「ありがと、裕生ちゃん。でももう、大丈夫だから」

未祥が微笑みながら裕生に言う。裕生は口を尖らせて未祥を見てから、もう一度羅威をにらみつけた。それから渋々、手のカンチョーをほどく。

「まったく恐ろしいよ。どーぶつ的危険人物だ」

軽く息を乱しながら羅威が言った。片手は無意識に腰の下に当てられている。可畏は裕生を見て少し笑うと、耳に手をやり中の異物を取り出した。同じく光も耳の中に詰めたものを引っ張り出している。羅威はそんな二人を交互に見て愕然としながら言った。

「──耳栓?」

「ああ、耳栓だ。うへっ、なんだか変な風に聞こえる」

光が指を耳に突っ込んでグリグリ動かしている。羅威はジーンズのポケットに耳栓を押し込んだ可畏を見て、悔しそうに唸った。

「耳栓して命令≠聞かないようにしてたのか。思いもつかなかった」

「どうやら鬼は、多聞から直接命令されなければ云うことを聞かなくて済むと分かったからな。言葉そのものに効果があるのだとすれば、最初から聞かなきゃいい。そう判断して、コンビニで耳栓を買ったんだ。上手くいくかどうかは賭けだったけどね」

可畏の説明を受けて羅威はチッと舌打ちした。でもすぐに気を持ち直して、余裕のある態度で可畏に言う。

「だからってずっと耳栓しっぱなしって訳にはいかないだろ? それに今はしていない。これからは俺が出すどんな命令も聞かなきゃならないぜ」

「あんたが底なしのタマナシ野郎ならそうすればいいんじゃない?」

冷たい裕生の声が鋭く切り込んで、羅威はまた口を引きつらせた。ムカつきもあらわに上から目線で裕生を見下げたが、裕生も負けじと顎をあげて目を細める。未祥はぶつかり合う二人の視線に火花を見たような気がした。

二人のにらみ合いの攻防は、先に羅威が目を逸らすことで終わった。羅威は忌々(いまいま)しげにため息をつくと、一瞬で部屋の前に移動しドアを開ける。

「……こんな動物女とやりあっても意味ねーよ。とりあえず部屋に入ろう。ここは寒い」

促すようにみんなに言ってから、先に部屋に入ろうと動き出した羅威の体がフラリと揺れた。可畏は即座に羅威の元へ走った。ドアノブにつかまって自分を支えている羅威の肩に可畏の手が置かれる。

羅威はその手を拒絶しようと肩を動かしたが、そのせいで余計にふらつきが酷くなった。可畏は弟の体を支えると脇の下に腕を回し、自分の肩に羅威の腕を持ち上げた。