第六十話

「死んだだと?」

光が驚きのあまり大声で言う。衝撃を受けて目も口も大きく開けていたが、確認するように問いかけた。

「それじゃあ、なにか? まさか自分の子供を病気にした挙句殺したって事か?」

可畏は厳しい表情でハンドルを握りながら説明を続ける。

「それも難しい所なんだ。代理ミュンヒハウゼン症候群の疾患を持つ人物は、圧倒的に母親が多い。母親が自分の子供に危害を加えながら、その子の看病を必死でするんだ。母親の真の目的はみんなからの賞賛≠セ。頑張っていて偉いね、と言われたいんだ。

その為、母親が自分の子に殺意を抱いていたか? というとそんなことはない≠ニなる。警察も確実に母親の犯行だと分かっていて、逮捕に踏み切れない場合が殆どという事も書いてあった。母親は子供を看病したい≠フであって殺したい*じゃないからな。

周りの人間も、母親自体が病気なのだと気付かない。家族はこんなに素晴らしい母親が、自分の子供を病気にする訳がない、と証言する。だから事実確認が非常に困難なんだ。子供も母親のやることに逆らえないし、何より信頼している人物が自分に酷いことをしているなんて思いたくないんだろう。

変なものを食べさせられたり、薬を大量に飲まされたりすることに、逆らわない……逆らえない子も多いらしいんだ。医者も看護師も、子供の病状に集中するだろうから、まさか母親の方がおかしいなんて思わない。

病院のスタッフや医師が優秀で、母親の行動に不審な点があると気付いて、監視カメラを設置して病室を録画することで事件が発覚することも事例としてはある。それでも母親を罪に問うことは出来ない可能性があるんだ」

「なんだか分かったのか分からないのか、それすらも分からん話だな。要するにえーと、羅威のおふくろさんは、羅威に変なものを飲ませたりして、わざと病気にしていたということか」

「そう。そして看病している自分に酔って、たくさんの人から褒められたいと願っていた。最初のきっかけは、羅威が未熟児だったことかもしれない。それとも親父の日記にあるように切迫流産の時、みんなから親切にされて異常なほどの快感を覚えたことから始まったか。

代理ミュンヒハウゼンは、ミュンヒハウゼン症候群から移行することも多いんだ。共通するのは注目されたい≠竍心配されたい≠ニいう欲望だろう」

車中の五人は、口をつぐんでそれぞれ考え込んだ。可畏の説は、真実をついている気がした。未祥は羅威の冷たい微笑を思い出し、背筋が寒くなる思いをした。羅威はずっと精神に病を抱えた母親と一緒にいるんだ。それであんな風に恐ろしい性格になったのかもしれない。

羅威が自分にしたことは許すとまではいかないが、それでも彼が気の毒になった。聡おじさんも羅威を連れて来られなかった事は、無念だったろうな……。

「──オレは」

志門の声が沈黙を破って四人の耳に届く。志門はノートをギュッとつかんで続ける。

「ミュンヒハウゼン症候群より、代理の方がヒドイ気がします。少なくともミュンヒハウゼン症候群は、自分一人でやることでしょう? でも代理ミュンヒハウゼン症候群は子供が犠牲になる。

失礼な言い方になりますけど、可畏さんのお母さんは最低だ。肉体的に痛みを感じるのは自分じゃなくて羅威さんだった。逆らえない子供を意のままに病気に追いやったんだ。それでみんなから褒められて喜ぶなんて、メチャクチャだ」

「その通りだね。自分が病気のフリをする方が、まだ気持ち的には理解できる気がする。本当に熱出して臥せってる時、いつもよりずっと自分を気遣ってくれる母さんを見ると、ちょっと感動しちゃうしね。でも仮病を使って優しくされても、あたしは喜べないな。嘘ついて心配されても申し訳ない気持ちにしかならないもん」

裕生が言うと、頷いて可畏が同意を示した。

「それはとても、正常な感覚だと思うよ。このミュンヒハウゼンと、代理ミュンヒハウゼン症候群という精神疾患にある患者の感覚は、その部分が壊れてるんだ。患者が利益としてとらえるものは他人からの注目≠ノある、と俺は見てる。

患者には病気のフリをすることで、金になるとか、そのことで楽が出来るとか、そういう自堕落的な感情は一切ない。とにかく気を遣ってもらいたい、心配してもらいたい、褒めてもらいたい、その為に全力で病気を自作自演する。金がかかろうが、多少変な目で見られようが関係ないんだ」

「それで必死ブッこいて腐った液体を作ったり、手当たり次第に薬を溜め込んだりするってか? 正気の沙汰じゃないな」

光が両手を広げる芝居がかったジェスチャーをしながら言った。志門はみんなが話している間にお茶を飲んで喉を潤した。ペットボトルをドアの内側のホルダーに差し込みながら、覚羅聡の日記の文字に目を滑らせる。

可畏さんのお父さんは、我が子を痛めつける妻と一緒にいたんだ……。依子さんは確かに、立派な病名のついた病気かもしれない。でもそういう人と深い関わりを持つ家族は、例え病名が分かったにしても患者と付き合っていかなければならないのだ。

付き合いきれないと思ったら、別れるしかない。聡さんは別れを選んだ。愛し合う家族なのだから、病人を救うために力を尽くして努力するべきだという人もいるだろう。

でもそれは理想論だ、と志門は思う。毎日こんな恐ろしい思いをしながら生きていたら、自分が何に愛を感じていたのかも分からなくなりそうだ。最悪、付き合う方も一緒におかしくなってしまう。