第四十九話

可畏の実家に向かうまでの運転は、光が担当することになった。志門はその道中で、せっかく替えた下着を冷や汗で濡らすことになった。今まで可畏の運転で来たが、運転する人によってこれほど車の乗り心地が違うのだ、と実感させられる時間だった。

急発進、急ブレーキ、そして猛スピード。
光は運転席から、「俺の田舎はがら空きだぞ。どっからこんなに車が湧いてくるんだ」と文句のつけ通しだった。渋滞にハマった時など「何故この車は空を飛ばん!」と叫んでいる。可畏の運転がいかに的確で冷静だったか、志門はつくづく思い知らされることになった。

車中の人間の反応は様々だった。裕生はこの状況で爆睡し、未祥はビュンビュン流れる景色に見入っていた。可畏は「……いや、ここは無理に追い越さない方がいい」とたまに光に話しかけ、志門は後部座席のアシストグリップを握りしめ恐怖に怯えていた。自分が免許を取って運転するようになったら、可畏の運転を参考にしようと志門は心に決めた。

高速を降り、風景が街中のものに変わってしばらくした所で、未祥の目はふいに懐かしい場所をとらえた。この公園……小さい頃聡おじさんに連れて来てもらったとこだ。公園は思い出よりも、ずっと小さく寂れて見えた。土曜日だというのに、遊んでいる子供は一人もいない。

公園を通り過ぎ、周りの景色はますます懐かしさを感じるものになった。住宅が連なる間の道は、未祥が毎日学校に通った通学路だ。車は可畏の案内で、家々がひしめく場所から少し離れたところにぽつんと建つ、一戸建ての前で停車した。

「今、車庫の扉を開けるよ。ちょっと待っててくれ」

言ってから可畏は車の外に出た。車庫の門扉の鍵は、四年ぶりに回したせいか少し抵抗した。可畏が指に力を入れると、カチ、と音がして鍵が開いた。可畏は門を開け、光に入ってくるように手で合図した。でも車は動かない。不思議に思って可畏は運転席側の窓に近寄った。光がウィンドウを下げて顔を出す。

「ダメだ。入れん。良く分からんがそこに行こうとすると体が拒否する。多分、結界が効いてるんだと思う」

「そうなのか?」

可畏は車庫まで戻り、門の中に入った。普通に入れる。となると、ここに特殊な結界を張った人物は一人しか思い当たらない。「親父か……」と可畏はつぶやいた。

家の四つ角をざっと確認したが、盛り塩などは見当たらなかった。四年も放置していれば当然かもしれないが、それでも何の痕跡も見当たらないとなると、この家には呪文で結界を張ったと考えられる。可畏は光にそのことを伝えた。

「なるほど、親父さんか。呪文での結界となると、解除する為の呪文が必要になるな。心当たりは?」

「色々試してみてもいいが、要は日記が見つかればいいだけだからな。悪いがここで待っていてもらえるか? 俺は家の中を見てくる」

「あたしも行く」

未祥が後部座席から声を上げた。裕生は目を覚ましていて、「あたしも行っていい?」と訊いた。未祥はうん、と頷いたが、ある疑問が湧いた。

「あ、でも裕生ちゃんは家に入れるのかな。聡おじさんの結界なら、あたしは入れると思うけど……」

「うーん、そうか。じゃあ試してみよう。車庫に入ってみるね」

言うなり裕生は車のドアを開け、外に出た。「オレもやってみる」と志門も続く。未祥が車を降りた時には、二人とも車庫の中に入っていた。「大丈夫だったよー」と裕生が手を振る。志門は車庫の屋根を見上げていたが、なんとなくその表情は硬かった。

「人間は入れるのか」

可畏が未祥のそばまで来て言った。考えてみたら人間の出入りまで出来ないように結界を張ると、学校の家庭訪問時などに先生が入れなくなる。可畏の父聡は、近所付き合いが熱心な方ではなかったが、自治会や子供の学校があると全く人と関わらずにいることは不可能だったのだろう。アパートではなく戸建だと尚更だ。回覧板や集金などがあるのだから、人間が入れないような家にする訳にはいかない。

「入れないのは鬼だけか……」

可畏は家を見上げて言った。

「それと、多聞も同じかもしれん」

光も外に出て車にもたれながら言った。新しい革ジャンのポケットに両手を入れて、可畏と同じように家を見上げる。三角屋根のログハウス風の家は、刀利村の多聞家とは全く趣が異なる。多聞家は典型的な日本家屋だが、外観は城を想起させる派手な造りで、中も無駄に部屋が多かった。そのたくさんの部屋の一番奥に、代々比丘尼は隠されてきたのだ。

「可畏の親父さんは追っ手を恐れていたんだろう? それなら多聞と鬼はブロックユーザーの最有力候補だ。もしかしたら刀利村の人間全員が家に入れないように結界を張ったのかもしれんぞ。多聞がどんな手を使ってくるか分からないなら、それが一番効果的だ」

「うん、そうだな。どちらにしても鬼は入れなかった訳だ。それならもし……羅威がこの家を知っていたとしても、中に入る事は出来なかったという事か。だから俺にこの家から日記の持ち出しを依頼した──」

「ふうん、それは言えるな。ただなんで羅威が日記のことを知っていたのかと云う疑問は残るが……。それは後で本人に訊けばいいか。とにかく中を見て来てくれ」

「分かった」

可畏は答えると、未祥の方を向いた。未祥はじっと家を見つめている。可畏が肩を抱き寄せると、可畏の背中に腕を回し服を掴んだが、視線は家に向けたままだった。未祥にとってこの家は、生家であるだけでなく懐かしい思い出のかたまりだった。近所の子と遊べないという窮屈な思いはしたものの、それでも大好きな聡おじさんと一緒に暮らした大切な場所だった。

自らの出生の秘密を知った今、自分がどれほど強く、聡おじさんと可畏に守られてきたかが分かる。もう昔にはもどれないけれど、ここには未祥≠ニいう小さな子供がたくさん眠っているような気がした。

少しずつ成長していくあたしを秘めた、見えないアルバムがここにある。