第四十三話

可畏のキスは最初、朝の儀式を思わせるほど神聖な重ね方をした。可畏は未祥の頬から肩へと動かした自らの手が、震えているのが分かった。

今となっては何人の女に触れたのか分からないこの手、そしてどれほどの女と交わったのか覚えていない躰。それなのに今の俺は、初めて女の躰に触れようとした時よりも怯えている。

未祥の手がフワフワの可畏のセーターの胸元に当てられた。セーター越しでも鍛えられた胸の硬さが確認できる。筋肉質な胸のラインを、未祥の手が滑っていく。可畏の全身が電気を帯びたように震えた。それが合図になり、可畏は躊躇いを振り切った。

可畏は腕で自分の体重を支えながら、未祥に覆いかぶさった。舌で未祥の唇を割り、中の甘さを味わう。未祥は初めての深いくちづけに、恥ずかしそうにおずおずと応えてくれた。それがどうしようもなく可愛くて、可畏は自分の身体が熱く燃え立つのが分かった。

未祥の……すべてが見たい。

可畏の手が、未祥のスカートのフックに伸びる。激しいキスを交わしながら、可畏は片手で器用にフックを外した。スカートを下に引っ張ると、脱がしやすいように未祥が腰を浮かせてくれた。スカートが取り払われ、もともとそれしか身に着けていなかった未祥は、生まれたままの姿になった。

可畏は身を起こし、ピンクの上掛けをそっとめくった。可畏の目の前に、十六歳になり成人≠オた比丘尼の、なまめかしい肢体が露わになった。暗く落とされた部屋の灯りの中で、未祥の白い躰は淡く光って見えた。

可畏は感嘆のため息を漏らした。あの小さかった未祥がこれほどまでに美しく成長してくれたことが、純粋な喜びとして強く胸を打つ。

俺の未祥……。もう誰かに渡そうなど、二度と思うものか。

未祥は目を閉じ、可畏の視線を全身で受け止めた。恥ずかしくて胸だけでも隠そうと思ったけど、さっき見られてしまっているし、無駄な抵抗だと諦めた。まだ可畏は自分に触れていないのに、見られていると思うだけで脚の間が痛いくらい熱くなった。

衣擦れの音がする。そして床の上に、服が脱ぎ捨てられていく音が続く。未祥は息を止めて待った。やがてベッドが軋んでたわみ、可畏のなめらかな肌が未祥の白い肌に重ねられた。

未祥は思い切って目を開けた。すぐそばに、愛おしい可畏の顔がある。今度こそ本当の可畏だ。未祥は腕を可畏の首に回すと、自分から唇を重ねた。可畏は熱い情熱を持って、未祥のキスに狂おしく応えた。そのまま胸に手をやり、その大きさと柔らかさを賞玩(しょうがん)する。

吸い付く肌だ、と羅威が言ったのを頭の片隅で思い出す。その言葉通り、未祥の躰には今までの女から感じたことのない特別な湿度があった。可畏は八百比丘尼の奇跡の素肌に舌を這わせた。首筋から胸元へと唇を滑らせていく。さっき羅威が痛めつけた、薄ピンク色をした頂きは、可畏の手に刺激を受け硬く縮んで色を濃くした。

その周りを可畏の舌と唇が辿る。未祥は思わず身をそらした。早く欲しいと突き出されたその蕾を、可畏がそっと口に含む。未祥は小さく、声をもらした。羅威に吸われた時は何も感じたくなかったのに、今はこの快感をしっかり感じ取りたい。

可畏の愛撫は全てにおいて巧みだった。手馴れているというより、未祥の何もかもをあますところなく味わいたいと、我を忘れてのめり込んでいるようだった。その舌が、手が、未祥の指の先まで知り尽くしていく。

未祥は自分も何かした方がいいのか、と迷ったが、幼すぎてどうしたらいいのか分からなかった。ただ身を横たえ、優しく攻める可畏の愛に全てを任せた。

初めて迎えた高みは、可畏の指によって導かれた。最初、挿入の痛みで強張ったその躰も、時が経つにつれ柔らかくこなれた。可畏が指で追い上げると、未祥の歓喜が弾けたのが分かった。未祥の手が添えられた可畏も、欲望と愛を同時に吐き出した。

羅威では日照りの砂漠のようだった未祥の泉は、可畏の前ではとめどなく溢れ出てくる。可畏は攻撃の手を休めない。時間を忘れ求め合い、汗と体液でお互いの躰がぬめるように輝いた。

やがて二人は、合わせられた胸の早い鼓動を感じたまま、快楽の海で眠りについた。







その少女は泣いていた。

少女の居る場所は堅牢な日本家屋の、畳敷きの部屋だった。ぴたりと閉められた襖には、金色で花鳥の絵がしたためられている。少女は赤を基調にした絵羽模様の振袖を着ていた。見るからに高価そうな絹の着物。そして手には手毬を両手で持っている。

手毬にも絹の糸で繊細な模様が織り込まれていた。その毬に、少女の流す涙が次々と落ちていく。テレビの画像を見るように、その子を眺めながら未祥は思った。きっとこの子は外で手毬をついて遊んだ事がないんだ……。野山を駆け回ったことも、流れる雲を眺めたことも、街でショッピングしたことも、一度もない。

こうして部屋で座り込んで、気を紛らわすために与えられた玩具や本に囲まれ、ただ時が流れるのを待っている。あそこに行ってみたいとか、何かになりたいとか、そんな希望すら持つこともない。広い部屋には布団がいつも必ず一組敷かれていて、その上で行われるおぞましい恐怖に、ひたすら耐えるだけの人生。

……恐怖? 

いや、違う。もうあれは恐怖ではなくなった。幼いころから何度も何度もやられ続けて、今では痛みも苦しみも感じない。息を荒げて組み伏せてくる猿の顔をしたあの男は、少女が少しよがり声でもあげてやれば、あっさり終わってくれるようになった。

一度も快感を覚えたことなどなかった躰。誰かを思う事で熱くなることなどなかった心。それを変えてくれたのはあの人だ。青みを帯びた髪をした、背の高い鬼──。

少女の涙は途切れることなく手毬に吸い込まれる。あの人を愛したことは間違いだったの? 人を好きにならなければ、心などなければ、こんなに哀しい思いをせずに済んだの……?

不意に少女が、顔を上げた。自分の実体を感じないまま少女を見ていた未祥の目を、その瞳が真っ直ぐ捉える。その子の顔が自分と同じだと未祥は気付いた。未祥を見据えて、溢れる涙を拭うことなく、少女が口を開く。