第三十八話

ホテルの外見はそれほど派手ではないが、ライトのせいで普通のホテルではないと分かる。 可畏は近くにコインパーキングを見つけると、車をそこに駐車した。

「さて、どうする?」と光が聞く。

「ホテルは見つかったが、部屋番号が分からんぞ。ここであいつらが出てくるのを待つか?」

可畏は顎に手を当て、少し考えた。そして振り向いて志門を見る。

「すまないが出来れば君に協力してもらいたい。もう一度、意識を飛ばせないか? 一部屋ずつ見てもらって、羅威と未祥を探すことは出来ないかな?」

この提案に、志門は全身の血が沸騰しそうになった。もちろん神使としての力を使えば部屋を探ることは出来る。でもそうすると、「真っ最中」の男女を全部確認しなければならない。しかももし──未祥ちゃんと羅威がその真っ只中だったら……。

青さを通り越して白く見える顔で硬直している志門を、三人は黙って見つめた。志門は背中に冷や汗が流れるのを感じた。そんな志門の様子を見て、気の毒そうに光が言う。

「AVじゃなくホンモノを見るのは、ちとキツイものがあるな。でも大丈夫だ。もし無意識にお前の下半身の方が反応しちまったら、俺の上着を掛けといてやる」

まったく慰めにならない光の提案に、志門は涙が出そうになった。裕生の前でそんな醜態を晒したらこの先何を言われるか分からない。恐る恐る裕生に目をやると、裕生は窓の外を見ていた。窓に額を張り付けて、必死で何かを見つめている。

「可畏さん、あの人……羅威さんです!」

裕生は駐車場横の通りを指さして言った。志門が裕生の横から外を見ると、確かに昼間見た臙脂色のジャケットを着た人物がコンビニの袋らしきものを手に持って、ブラブラ歩いている。暗いので街灯の灯りでしか確認できないが、背格好は可畏とそっくりだった。

可畏は無言で車を飛び出した。後を追って光も外に出る。志門と裕生は慌てて光に続いた。可畏は駐車場を通り過ぎた濃い赤のジャケットを追いかけた。ずっと車の中にいたので、外の空気が肌に痛い。一月の夜の空気は重く、脚にまとわりついてくる。足音で前方の人物が振り返った。

可畏は立ち止った。振り向いた男は、可畏を見て目を見開く。十七年ぶりに見た弟は子供の頃より元気そうに見えた。少し口を開けて驚きの表情を浮かべている。可畏の後ろにも視線を走らせ、呆れたように上を向いてため息をつく。そして腕を組んで四人に向き直ると、軽く笑いかけた。

「これはこれは、お兄様。それに光さんまで。そっちのお二人はさっき会ったかな? どうやってここを見つけた?」

「……未祥はどうした」

低く、可畏は問いかけた。羅威は一度笑いを消すと下唇を噛んだ。でもすぐに元の皮肉気な笑いを見せる。

「ご挨拶だなぁ。それが十七年ぶりに会った弟に最初にかける言葉? もっと感動の再会シーンが披露されないワケ?」

「お前は未祥を気絶させて連れ去った。そんな相手に友好的な態度を取れる訳がないだろう。未祥はどこだ。無事なんだろうな」

「比丘尼さまなら大満足でねんねしてるよ。俺がたっぷり可愛がったからね」

志門の耳に、可畏が静かに息を飲んだ音が聞こえた。志門も胸がズキッとした。未祥ちゃんはもう羅威のものになってしまったのか……。

「ふざけないで。満足なんてするわけないでしょ」

突然裕生の声が響いて、志門はギョッとして隣を見た。裕生は真っ直ぐ羅威を睨みつけている。

「見ず知らずの男に襲われて女が喜ぶと思ってるの? 脳みそカラッポの尻軽女じゃあるまいし、未祥が嬉しいと思うはずないじゃない」

裕生は静かに話していたが、相手は圧倒されたらしい。羅威はひるんだように口を閉じた。

「早く未祥の居場所を教えてよ。今頃絶対泣いてる」

畳み掛けて裕生が言うと、羅威は険悪な目で裕生を睨んだ。余裕のある笑みはどこかに消えてしまっている。

「偉そうに言うなよ。生意気な女だな。その性格じゃ一生カレシも結婚も出来ねぇぞ」

「結構よ。それにそんなこと分かんないじゃない。蓼食う虫も好き好きってことわざを知らないの? 人生色々、だもん」

羅威はウンザリした顔で裕生を見た。志門は羅威の気持ちが少し分かる気がした。裕生に口で勝とうなど、土台無理な話なのだ。

「羅威、お前少し顔色が悪いぞ」

今度は光が太い声を上げた。

「また食ってないんだろう。それだって身体が弱いんだから、しっかり食わんと女を満足させることも出来んぞ」

この場面でそのアドバイスはどうよ? と志門は思ったがコメントは控えた。可畏も複雑な表情で光を見ている。でもお陰でその場の緊張感が薄れた。羅威は頭をボリボリ掻くと、ため息混じりに話し出す。

「だからその食事≠しに外に出たんだよ。運が悪くていい食堂≠ヘ一つしかなかったけどね。お陰で腹一杯とは言い難い。比丘尼のご飯を買うのにコンビニが近かったんで歩いて出たけど、こんなことなら車で行けば良かった。そうすりゃあんたたちに会わずに済んだのに」

羅威が未祥の食事の事を忘れていなかったのが分かって、可畏は少しホッとした。羅威のことはよく知らないが、食事をおろそかにする人間ではないと知ることができた。