第三十三話

女の喘ぎと画像の光が一瞬で消えて、突然の静寂に耳が痛くなった。未祥は演技過剰な女の声が聞こえなくなってホッとした。羅威はリモコンをテーブルに置くと、また話の続きを始める。

「伊助は自分こそがお祥の夫となった、神となり永遠の命を手に入れた、と村中に振れ回った。騒ぎを聞きつけ双子の鬼が岩場から戻ると、頬を腫らし泣きわめくお祥と、その首根っこをつかまえてコイツは俺のもんだと叫ぶ伊助がいた。

村人たちは最初呆然とその様子を見ていたらしいが、事態を把握して伊助をお祥から引き離そうとみんなで飛び掛かった。でも伊助が一言助けてくれ≠ニ叫ぶと、双子の鬼が村人を掴みあげ、投げ飛ばし始めたんだ。

村人が伊助から離れると鬼たちは我に返って呆然とした。自分がなんでそんなことをしたのか、二人とも分からなかった。今度は自分たちで伊助をお祥から離そうと近寄ろうとしたが、来るなと言われ、どうしても動けなくなった。

伊助は戟を所有したことで、鬼を使役する多聞天と同じ力を持ってしまったんだ。そこから伊助と、その後ずっと戟を独占し続ける事になる伊助の末裔たちを総じて多聞≠ニ呼ぶことになった。今じゃあ立派な名字になってるんだぜ。笑っちゃうだろ」

羅威は鼻で笑うと脚を組み換え、つま先をブラブラさせた。

「伊助が底なしのゲス野郎なのはこの後だ。鬼を自由に出来ると知った伊助は、鬼二人を使って自分の住む大きな家を建てるよう命じた。鬼たちは力が強い上頑丈だけど、さすがに二人だけで家を建てるのは無理だ。

伊助はそれが分かると村人達に手伝わない奴は鬼に食わせるぞ≠ニ言って脅した。村人と鬼によって建てられた家に伊助はお祥と住んだ。そしてその家で、まだ十にしかならないお祥に襲い掛かったんだ。

まぁ、奴のヘナチンなんざ大したブツではなかったろうが、それでもお祥にとっては衝撃の出来事だ。お祥は泣き暮らし、その内涙も出なくなった。そして呆然としたまま食事を摂らなくなってきた。お祥が衰弱してくるのを見て、伊助は焦った。

このままではお祥は十六歳になれないかもしれない。そうなると自分も天に行けない可能性がある。それはまずいと、伊助は双子の鬼を自分の家に呼び寄せた。そして日中交代でお祥の相手をするように言いつけたんだ。夜も交代で宿直(とのい)をしろという。とのいの意味は分かるか?」

未祥は首を振った。お祥のあまりに悲惨な運命に、寒気が襲ってきていた。自分の身体を抱きしめてシーツの皺をじっと見ている未祥を羅威は一瞥した後、また話し始めた。

「昔、宮中に住む高貴な人々には寝ている間、不寝番がついたんだ。伊助は何もしないごくつぶしのくせに、夜の警護を鬼の子に任せた。お蔭で鬼たちは伊助が幼いお祥を凌辱しているところを、隣の部屋から夜ごと聞くことになる。羅刹と夜叉は伊助を憎んだ。

でも多聞の力のせいで反発することが出来ない。お祥は家から外に出る事を伊助から許可されなかったが、昼間は双子の鬼の片方と一緒に過ごせるせいか徐々に体調が戻ってきた。鬼の子もお祥も、十六歳になれば天から迎えが来るはずだから、それまでの我慢だと思って耐えた。でも十六歳を無事迎えたお祥に、天の迎えは来なかった」






裕生は歯を食いしばり、滲んだ涙を手の甲で拭った。お祥の置かれた状況に強い憤りを覚えて体が震える。

志門にとっては、羅威という男があの猿男を踏みつぶした瞬間がさほど悪い思い出でもなくなってきた。この歴史を知っていれば、羅威でなくともあいつをぶち殺したくなるだろう。

「俺はな」と光が吐き気を抑えた声でいった。

「まだ快楽というものすらしっかり認識していない小さい子供を、自分の勝手で犯す奴が絶対に許せないんだ。ロリコンだのなんだの、軽っぽい言葉でごまかしてるタマの小さいクソ共は、全員精神科でしっかり治療してもらうべきだと思ってる。必要なら脳外科手術でも受けて、脳みその配置をまともに変えてもらえばいい。

これはお祥も含めた比丘尼達のむごい歴史を見てきた夜衆の長兄だから言うんじゃない。ひととしてそういう奴等が許せない。鬼の俺が言うのもなんだか、まさに鬼畜だ。鬼以下だよ」

光の言葉を聞きながら、可畏は一時でも未祥を多聞の元へ返そうと思っていた自分自身を殺したくなった。多聞なら、戟の所有者なら、抱かれても未祥は未祥のままでいられる。未祥が多聞以外の男に抱かれ、乳児に戻り、記憶を失い、全く違う心を持つ新たな比丘尼≠ノなってしまう事が、自分は耐えられないだろうと思ってきた。

でも未祥が望まない相手に毎晩のように身を任せなければならないとしたら、それはおぞましい地獄になってしまう。未祥に消えて欲しくないが為に、村に返し自分は遠くに離れようと思うのは、俺のどうしようもないエゴだった。可畏は今やっと、そのことに気が付いた。

可畏の脳裏に、自分を必死で追いかけるよちよち歩きの未祥の姿が蘇った。双子の鬼ではないが、可畏は未祥が可愛くてたまらなかった。幼い夏の日はあせもにならないように何度も水浴びさせ、冬にはカサつく肌にクリームを塗ってあげた。

いつの頃からか一緒に風呂に入るのを恥ずかしがるようになり、可畏に内緒で買ったブラを身に付け、柔らかな盛り上がりを誇る胸で女らしさを増していった未祥の遠くない過去。

俺は未祥の全てを知っている。
大切に、誰にも傷つけられないように慈しんできた天女──

守らなくては。例えそれが古い言い伝えに背く事になろうとも。
今この時、既に未祥は羅威の手によって純潔を奪われているかもしれない。それでも未祥が俺を求めてくれるなら……未祥の為だけに俺は生きる。

今までのように他の女をはけ口にしない。未祥だけだ。
一つにはなれなくても、愛を持って未祥と共にいる道を選ぼう。