第三十一話

「戟は長い棒の先に槍が付いている武器の事だよ。刀利村の伝説の戟は多聞天、またの名を毘沙門天が片手に持っている三叉戟(さんさげき)と呼ばれるものだ。お寺の仏像の中で見たことはないかな?」

「オレ、ゲームで見たことあります」

現代っ子らしい志門の答えに、可畏はちょっと笑った。

「そうか。多分、志門くんの知っているものと形的には大差ないと思うよ。でも刀利の戟は武器としては使えない。赤ん坊の比丘尼が握りしめていたわけだから、ものすごく小さい戟、と思ってくれればいい。そして宝珠は──分かり易く言えば日本武道館の屋根のタマネギだよ。あれは擬宝珠(ぎぼし)を模ったものらしいけど、形は同じだ。比丘尼の右耳についているのは一般的に如意宝珠(にょいほうじゅ)と言われているものだ。

ほうしゅとも、ほうじゅとも呼ばれる。宝珠は何でも願いを叶えてくれるという代物らしいが、刀利村では宝石の原石を村人に施すものだった。比丘尼が村に富を与えるように願うと、村はずれに大きな岩が現れるらしい。それを削り崩していくと、宝石や金が出てくると聞いた。宝を授けるとか言いながら、わざわざ岩を削らなきゃいけないように出来ているのがなんとも疑問なんだけどね」

「ここほれ、ワンワンだ」

パンの塊を飲み下した光が口を挟んだ。菓子パンの入っていた袋を丸めてゴミ箱に捨てると、ため息と共に言葉を続ける。

「刀利村の伝説は、失敗した昔話だな」
「失敗した……?」と裕生が聞き返す。

「まぁいうなれば、月に帰れなかったかぐや姫と、羽衣を取られたままの天女の話、といったとこかな」

志門と裕生は顔を見合わせた。
より詳しく説明してもらわないと、意味が分からなそうだ。

「えーとそれは、『竹取物語』と『天人女房』の事ですか?」と志門が聞く。
「そうだ。その二つを組み合わせてややこしくした感じかな」と光が答える。

光は独自に刀利村伝説の解釈をしているらしい。可畏も前方を見つめたまま、光の話の続きに意識を集中させた。

「村の祠に突如現れた赤ん坊の名前は、お祥と名付けられた。宝珠を耳につけていた為、吉祥天の祥≠フ字を貰い受けたんだ。吉祥天は仏教の女神様で、その左手に宝珠を持っていると言われるからな。お祥は確かに人肉を食べた鬼の子供たちの為に遣わされた天女の化身≠セったんだろう。

双子の鬼はその子が現れてから、死肉を食べることも、子供の血を吸い上げる事もなくなった。それに鬼の子はお祥をとても可愛がった。お乳こそ村の産婦から分けてもらっていたが、それ以外の着替えやおむつの交換、抱っこやお散歩など、二人が交代でやっていたそうだ。

お祥が少しずつ成長してくると、あやしたり遊んだり、言葉や文字を教えたりと、親代わりになんでもする。そしてお祥が十歳を迎えると、双子の鬼は祖父の与平にこういったそうだ。お祥はこれから十六になるまでの間に、夫≠ニなる相手を探す。

お祥が心から慕う男が見つかったら、その男に戟≠授け、お祥と永遠の夫婦となる。無事夫となる男と出会い、十六の誕生日を迎えたら、宝珠の力により村にこの上ない宝を与える事が出来るだろう。その後、お祥と夫、俺たちは天に向かう。天上の世界に旅立ち、永遠の時を生きることになる、と」

ここで光は振り返り、志門と裕生を見た。

「この部分が竹取物語と重なるんじゃないかと思うんだ。赤ん坊で現れ、成長し天に帰る。お祥の場合は夫と鬼を連れて行くということだから全く一緒じゃないけどな」

志門と裕生は同時に頷いた。確かにお祥はかぐや姫と似ている。

「だが、お祥は天に帰れない。なぜなら夫≠ニなる権利を強引に奪った奴がいたからだ。それがあんたらが見た猿男、多聞≠フ先祖だ」

猿顔の小さな男を思い出して、志門は気分が悪くなった。連鎖的に羅威という可畏の弟があの男の頭を踏み潰した瞬間が蘇るからだ。

「お祥から戟を騙し盗った多聞の初代は、最初は多聞≠ネどと呼ばれていなかった。その男は伊助(いすけ)という、村の厄介者だった。働くのが嫌いで、村のみんなが鉱石の採掘の為に危険を承知で崖の上に登っても、腹が痛いだの、目がよく見えんだの、色々言い訳しては手伝わない。

女好きだが、醜男のせいで村の若い娘からは相手にされず、風呂の覗き見ばかりしていた変態だ。でもこういう男に有りがちな要素として、子供からは人気があった。日中仕事をしないから村をブラブラ歩いていて、子供がいると適当に遊んでやったりしていたからだろう。

村の女たちは忙しい農繁期には、伊助に子供を見て貰えるので少しは重宝していたらしい。伊助は子供達の中でも、特に愛らしいお祥を気に入っていた。キラキラ光る耳の小石が珍しく、よくお祥を膝の上に乗せて耳を見ながら頭を撫でていたそうだ。お祥の事をおひいさま≠ニ呼んでいた。

要するにお雛様みたいに美しいと褒めていたんだ。お祥が十になり、鬼の子達が話した戟を持つ男が夫になる≠ニいう話は、村にあっという間に広がった。もともと少ない人数の村だったので、隣村からお祥を見に来る若者もいたそうだ。

お祥は時々村人に小石を差し出して、それが実は宝石の原石だった事が何度かあったせいか、村人達はお祥をとても大切にしていた。だから大方の村人は、お祥が良い男と結ばれる事を心から望んでいた」