第二十八話

「与平と佐吉は慌てて双子を止めた。遺体から引き離され、我に返った二人は大声で泣き始めた。その声でお雪が安置部屋まで来て、遺体の惨状を見てとった。お雪は泣いて、この子たちに罪はない、鬼の子供だから仕方ないと与平に訴えたそうだ。

恐ろしい思いはしたが、双子は与平にとっても可愛い孫だ。とりあえず二人を風呂に入れ、遺体がマシに見えるように取り繕った。佐吉には誰にも話さないように口止めした。なんとか葬儀を終え、無残な遺体は土に埋められた。お雪は二人の子供に、もう絶対人を食べることをしてはいけない、と教え込んだ。

双子はその後いつも通り元気に過ごしたが、以前にはなかった奇妙な行動を取るようになった。一緒に遊んでいた子が怪我をすると、傷口に口をつけて血を吸い上げるんだ。こんなことが何度も続き、佐吉は不安になった。

結局佐吉は黙っていることが出来なかったんだろう。双子の鬼は人を喰うという噂は徐々に村全体に広がっていった。村人は二人に恐れを抱くようになり、子供を一緒に遊ばせなくなった。村の中は息づまるような状態に陥った。与平は悩み、ついに二人を土蔵に押しこめ、外に出すことをしなくなった」

光は水筒を開け、蓋にコーヒーを流しいれた。なみなみ注いだブラックコーヒーを美味そうにゴクゴク飲む。志門はなんだか悔しくなった。光は飲み終わると蓋を閉め、また語りだした。

「そのことを嘆いたのはお雪だ。まだ十にしかならない二人が、狭い土蔵に閉じ込められ外を走り回ることも出来ない。お雪は毎日泣き暮らし、そのうち山裾の祠(ほこら)に向かって祈るようになった。山に戻った鬼神である双子の父親に、二人がもう二度と人を食べることのないよう、何日も願い続けた。

美しいお雪がろくに食事もとらず、やせ細りながら祈り続けるのを見て、村人たちは心を痛めた。そして今度は、村全体で祈りを捧げるようになった。山の祠に向かい、双子の鬼が普通に生活して行けるように祈願した。元々鬼信仰のあった地域だったからか、鬼に願いを捧げる事にみんな抵抗はなかった。

そしてある朝、一人の村人が祠の前に行くと、赤い綿入れにくるまれた赤ん坊が置かれているのを見つけた。村人は大声でみんなを呼んで、その子の前に村の大人たちが集まった。村の長である与平は、その赤子を抱き上げた。色の白い、愛らしい子だった。お雪は与平からその子を奪うように受け取ると、この子は天から使わされた救い主だと言いはった。

与平とお雪がその子を家に連れて帰り、上質な布で作られた綿入れを脱がせると、赤子は女の子だと分かった。その赤ん坊の右耳にはキラキラ輝く石が埋め込まれ、左手には金の棒を握りしめていた。耳の石は宝珠の形を、そして金の棒は戟の形をしていた。そのことから女の乳児は、鬼を使役する多聞天とその妻である吉祥天が、お雪と村人の祈りを聞き入れて授けた、神の分身だと皆が認めた。それが今の未祥、刀利の比丘尼の始まりだった」







自分の顔のすぐ前に何かの気配を感じて、未祥は意識を取り戻した。鈍い痛みをお腹に感じて、すぐには目を開けられなかった。痛みと共に、寒さを感じた。暖房の効いた部屋にいるらしいが、空気が直接肌に触れる感覚がある。未祥は体にかける毛布を探した。ベッドに寝ている事は背中に当たる布団の感触で分かったから、無意識の行動だった。

探るために伸ばした腕が大きな手に掴まれた。もう片方の腕も掴まれ、組み伏せられる形になる。それで誰かが自分の上に覆いかぶさっているのだと分かった。未祥は無理矢理目を開けた。

ぼやけた視界に最初目に入ったのは、大好きな可畏の顔だった。未祥はホッとして笑いかけた。可畏の唇もニコリと笑う形になる。可畏はそのまま未祥に顔を近づけてきた。キスを受けようとして、フッと記憶が蘇った。起きる前にも、可畏からキスされた気がする。そしてお腹に鋭い痛みを感じて──

未祥は首を横に向けてキスを避けた。上にいる男から逃れようともがいたが、強い腕はビクともしない。ク、と笑う声が聞こえた。男の腕が緩む。未祥は急いで身を縮めて、ベッドの上方に這い上がった。

「なぁんだ、冷たいな。さっきは素直にキスさせてくれたのに」

言って男は大型ベッドの上にあぐらをかいて座り直す。可畏と同じ顔、同じ声。髪型も同じだ。でも違う。可畏じゃない。可畏はこんなに……冷淡な笑い方をしない。

「あなた……誰?」

未祥は、はだけられたブラウスの前身頃を両手でかきよせながら訊いた。この男が服を脱がせたのだろうか。脱がせてどうするつもりだったのだろう。未祥は鳥肌が立つのを感じた。

「ひみつ、と言いたいとこだけど、夫の名前も知らないようじゃ間抜けだからね。教えておくよ。俺は柴山羅威(しばやまらい)だ」

「お……夫? なんであなたが?」

「そりゃあ、俺が戟(げき)の所有者であんたとキスしたからさ。刀利の比丘尼さん」

「──キス」

未祥には意味が分からなかった。戟、というのも理解できない。でももっと不思議なことがある。

「あなたは……なんで可畏そっくりなの?」

羅威の顔から今まで浮かべていた薄ら笑いがなくなった。目を眇めて冷たい視線で未祥を見る。

「親父も可畏も、あんたに俺の事は教えてないということか。捨てた子供など興味もないってことだな。全く、涙が出るね」

「捨てた子供?」

「そうさ。俺は可畏の双子の弟の羅威だ。十七年前、親父は俺と妻を捨てて刀利から逃げた。全てはあんたの為だよ。永遠の美しさを誇る比丘尼さま」

言うと羅威は未祥に近づき始めた。