第二十四話

「志門!」

聞きなれた裕生の声が聞こえて、志門は開けられたドアの方を見た。裕生は志門に駆け寄ると、制服のブレザーの襟を掴んでガクガク揺らす。

「あんた生きてたの!? 自分が誰だか分かる? 日本語は通じる?」

必死で問いかけてくる裕生の目には、涙が滲んでいた。聞いてくる内容はどこまで本気だか分からないと思ったが、志門は裕生の顔を見て緊張が解けるのが分かった。

「……それってホントに泣いてんの? それとも嘘泣き?」

志門が聞き返すと、裕生はスッと無表情になった。志門のブレザーから手を放し、一歩下がる。

「可畏さん、遠慮しないでこいつをボコッて下さい。肋骨の二、三本イッちゃっても構いません」

「お前な」と言いかけて「──可畏さん?」と志門はつぶやいた。そしてさっき起き抜けに無意識に殴りかかった相手の顔を改めて見る。

「可畏って……、じゃあさっきのは? あんたまさか、分裂出来るとか?」
「残念だけどそんな力はない。君たちが会ったのは双子の弟の羅威だよ。一卵性なんだ」

「双子……」と志門は確認するように言うと「未祥ちゃんはそいつと知り合いなのか?」と可畏に聞く。

「知り合いどころか会った事もないよ。裕生ちゃんの話から、未祥は羅威に連れていかれたと確認出来たけど、どこに向かったのか分からない。だから一度みんなで話し合って考えることになったんだ」
「オレ知ってる。二人がどこにいるのか」

志門の言葉に、可畏は目をむいた。「どういうことだ? 未祥の居場所が分かるのか?」と勢いこんで志門の肩を掴む。

「オレ……今までずっと追いかけてたんだ。信じてもらえないかもしれないけど」

志門はまるでイタズラをしたことがバレた子供のような顔で、可畏を見返した。
可畏は目を細めて、何かを探るように志門の目を見た。真っ直ぐで澄んだ瞳──その中にいる鳥≠フ影。黒いカラスの……

「君は……神使かい? 八咫烏(やたがらす)の血をひく──」

今度は志門が目を見張った。「分かるんですか? オレのこと」と聞き返す。

「知識として少し知っている程度だ。三本足の烏のことだろう? 太陽の化身とも呼ばれ、神の御使いとしての役目を持つ」

「オレの場合、そんな大層なもんじゃないです。オレの親父は八咫烏を祀る神社の四男坊なんです。神社の後継は伯父だから親父は普通のサラリーマンだし、オレみたいな能力はありません。オレには兄が一人いるけど、やっぱりこんな力はない。オレは小さい頃から普通の人には見えないモノを見ちゃったり、ちょっと特殊な能力があったんです。今回みたいに意識を飛ばして人を追いかけた≠フはあんまりやったことないけど……」

「なんとまぁ、そいつはビックリだな」

可畏の後ろにいる、可畏より更にデカいもう一人の男が素直な感想を述べた。志門はその言葉の真意が、自分を馬鹿にしているのかどうか推し量ろうと男を見たが、男の瞳には純粋な感動しか見つけられなかった。

「それじゃあ、君は今まで羅威と未祥を追っていたということか? 意識を飛ばしてカラスの化身になる事が出来ると?」

「具体的にカラスに変身するワケじゃないけど、自分から抜け出て意識だけで空を飛ぶ事が出来ます。あの羅威という人はものすごく早かった。オレの神使としての力を使わなければ、追いつけないと思います。羅威は最初未祥ちゃんを抱いたまま走っていました。でも百キロくらい先のスーパーの駐車場で、停めてあった車に乗りました。そのまま北に向かって高速道路に入りました。それでさっき……」

可畏の質問に答えた志門は、そこで一旦言葉を切った。正面から可畏を見ていた目は、言いにくそうに逸らされてしまった。志門の頬は赤く染まっている。

「高速を一度降りたんです。そして──ホテルに入りました」
「ホテル? どこのホテルだい? 覚えていたら教えてくれ」

志門はチラッと裕生を見た。裕生は神妙な顔で志門を見ている。志門は裕生から可畏に視線を戻すと、なるべく裕生を見ないように意識した。そして自らの知る情報を教える。

「サーチライトってホテルです。えっとその……ラブホテルだと思います。派手なライトで照らされてたんで」

可畏の口がこわばった。志門に向けられた目は、そこにはない何かを探すようにじっと空を睨んだ。次に突然志門に背を向ける。

「おい、どこに行くんだ?」

光の声が可畏の背中を追いかける。「未祥のところだ」と可畏は低く答えた。

「ホテルに乗り込む気か? どの部屋に入ったかも分からないんだぞ。羅威が北に向かったなら、多分刀利村に戻るつもりだ。俺たちは一度ここで今後のことを話合った方が良くないか?」

可畏は光を振り返った。光は深い同情を込めた視線を可畏に向けている。

「……こんな言い方は酷かもしれんが、比丘尼の夫≠ヘもう決まってしまった。未祥ちゃんにとっては辛いだろうが、これは宿命なんだ。誰にも変えられない」
「でも俺は──」

可畏は言葉を途切らせた。宿命に縛られた比丘尼の人生の重さが、避けられない鋭い牙となって可畏の心に食い込んで行く。唇を震わせ、声を失った可畏の悲痛な表情を、他の三人は息を止めて見つめていた。