第十八話

志門は溜まっていたものを吐き出すように二人に向かって話した。

未祥は志門の意見にも一理あると思う。
海原さんは明るくてハキハキしているけど、その分相手の気持ちを考えず自分のペースに巻き込もうとする傾向がある子だ。志門のやっていることは、クラスでも部活でもトラブルなく過ごすための立派な処世術だろう。

「ふぅん、そっか。志門の言いたいことは分かった。でもあたしがタラシだって言いたいのは、試合の時、海原と同じチームになれるように小細工することを提案したとこだよ。確かにあれで海原の機嫌は治ったかもしれないよ。でも、余計な期待を抱かせたのも事実だと思う。あの時点では明日試合をやろうぜ≠ワでで良かったはずだよ? 

志門は海原が自分を好きだと思う気持ちを利用してるとしか、あたしには思えない。その気もないのに相手を喜ばせて大人しくさせるなんてのは、女慣れした男がやることみたいだもん。だから志門はタラシだと言ったの」

裕生の理路整然とした意見を、二人共真剣に聞き入った。
志門はバツが悪そうに下を向く。

「自分を好きだと言った男が、他の女にもいい顔していたと知ったら、その告白は本気だったのか疑うよ。未祥はそう思わないかもしれないけど、あたしなら嫌。そんな男」

一刀両断という感じで裕生が畳みかけた。志門は眩暈でも起こしたように額に手を当てる。未祥は何か言おうと口を開けたが、言うべき言葉が見つからなかった。

「……ほんっとに裕生のいう事は……いちいち、いちいち、正論で……」

志門が歯を食いしばりながら声を絞り出す。そして一度ためた後、最後の言葉を一気に吐き出した。

「頭にくる!」

突然、裕生が立ち止った。
勢いで二、三歩進んだ未祥と志門は気付いて裕生を振り返った。

裕生はさっきの志門のように下を向いて、少し肩を震わせている。未祥は緊張して裕生を見た。裕生は飾り気のないゴムで結んだ自分の髪に手をやり、一つにまとめた髪をほどく。サラリと裕生の顔の周りに髪が広がった。裕生はゆっくりと顔を上げると、握りしめた両手を胸に強く押し当てて志門を見上げる。

「……だって……だってあたし、志門が好きなんだもん。ホントは未祥にだって嫉妬してるのに、それを我慢していつもニコニコ笑って……ずっとみじめだった。志門はあたしの気持ちなんか気づいてくれないのに、海原さんには優しくするの? そんなの……酷すぎるよ」

未祥は衝撃のあまり息を飲んで立ち尽くした。志門はというと、呆然自失の状態で裕生を見ている。裕生は乱れた髪の間から切なそうに眼を潤ませ、志門を見つめていた。志門は一度ごくりと喉を鳴らすと、今度は慌てふためいて裕生に言い訳を始めた。

「いや……その、オレそんなこと全然気づかなくて……。な、なんか裕生ってほら、オレにとって言い易い相手だからさ。キツイこと言ったかもしれないけど……悪意があるわけじゃないし……ええと、なんか混乱するけど、今まで傷つけてたらごめん」

殆どしどろもどろで志門が話す。裕生は志門が焦りながら話すのを最後までじっと見つめて聞いていたが、志門が言い終わった途端、未祥に視線を移した。

「ね? こいつはこうやって、どんな相手でもいい顔したがるの。それをイイと感じるかどうかは未祥次第だけど、付き合った後もこんな調子じゃ不安になるかもよ」

教え諭す様に、裕生が未祥に向かって言う。そんな裕生を二人はあっけにとられて見返した。裕生の目の潤んだ涙の後など、あっという間に消え去っていた。

「なんなんだよ、おまえはっ。嘘か? 今のは嘘なのか!?」
「信じるか信じないかは、あなた次第です」
「都市伝説か! お前は悪魔だ。いや、魔女だ。オレなんかよりずっと異性を騙す方法を心得ている。オレはこれから、裕生の言葉は半分しか信じないことにするからな」
「あたしの問題っていうより、志門が八方美人なのが問題なんでしょ? 処世術を駆使するにしても、方法を考えたほうがいいと提案しただけだよ」

二人の会話が元の調子に戻ったことで、未祥は少しホッとした。
それにしても裕生ちゃんは鋭いな、と思いながら、実は自分が鈍感なのかもしれないとも思った。

未祥は小さな頃からあまり自分の意思というものを強く持つこともなく、ただ聡おじさんと可畏のいう事を聞いて大人しくしてきた。そのことを窮屈だなと思うことはあっても、その状況を打破するために反抗しようと考えたり、自分の意見を強く訴えたりすることなく来てしまった。

要するに自分は、自己というものが欠落しているのだ。それは同時に、他人に対して関心が薄いということとも重なる気がした。あれほど海原美恵は志門にアピールしていたのに、それが恋愛感情だという事実に思い至らなかった。気づいていれば、何故美恵が自分の現国のテストを取り上げたりしてきたのか理由が分かっただろう。

美恵に憤りを覚えながらも、嫌なことをしてくる理由について考えなかった。つまり、美恵という人間を知ろうとしなかったのだ。

どうしてあたしはこんな性格なんだろう、と未祥は思う。なんだか、あたしの周りには目に見えない透明の壁があるみたい。クラスメイトとお喋りするのはとても楽しいし、いじめられている訳でもないのに、親しくなれる人間が極端に少ない。幼稚園から通して考えても、未祥にとって裕生が初めて仲良くなれた友達だった。その裕生にすら、結界や見えないピアスのことは話すことが出来ないでいる。

自己≠ゥぁ……と未祥は考える。
美恵は確固たる自己があるから、志門に好き≠訴える事が出来るのだ。未祥は急に美恵が羨ましくなった。

あたしは……そんな勇気がない。可畏が好きなのに、可畏が自分以外の女性に触れるのが嫌なのに、それをハッキリ伝えることが出来ない。

自分の思いをあまりためらわず表に出せばいいのだろうか。そうすれば、可畏とも他の友人たちとも、もっと──

「おひいさま、見つけた」という声が聞こえたのは、その時だった。