第十七話
「ごめんねー。今日は志門くん、愛しの未祥ちゃんとやっと一緒に帰れるから部活は出ないってさ」
未祥を押しとどめる形で、裕生が美恵に向かって言った。
美恵は一瞬、険を含んだ視線で裕生を見たが、すぐに志門に視線を移す。
「そうなの? 部活より覚羅さんを取るんだ」
美恵の言い方のキツさに、いつも動じない志門が後ろに軽く仰け反った。未祥はハラハラして三人の顔を順番に見る。志門は困った様子で頭を掻き、美恵は浮気現場を掴んだ奥さんのような形相で志門に詰め寄り、裕生は言い返せない志門を冷たい目で見ている。
「えーと、それなら明日混合試合しよう。先生に女子と混ざって試合できるように頼んでみるよ。その時は同じチームになれるようにチーム分けジャンケン≠ナ一緒にグーを出そうぜ。今日は悪いけどもう休むって先生にも言っちゃったし、このまま帰るから。ごめんな」
志門の苦しい言い訳じみた提案に、美恵は少し機嫌を良くしたのか頬を赤くした。
「じゃあ、明日は絶対だよ。先輩にも伝えとくからね」と言って、やっとこの場を去ってくれた。
「あんたってタラシの才能あるよね」
昇降口から出て、校門までの道を歩きながら裕生が志門に向かって言った。
「……失礼な言い方だな」と志門は返したが、いつもの元気の良さは感じられなかった。
「なんかごめんね。あたしが変な視線のことなんて気にしなければ志門くんは部活に行けたのに……。もし良かったら今からでも部活に行って。あたしは裕生ちゃんと一緒にいるし、大丈夫だよ」
未祥は志門が困っているのが可哀想になって言った。
なんで裕生ちゃんは志門くんのことタラシ≠ネんて言うんだろう、と未祥は思う。志門くんが明日一緒に試合をすると言ってくれた事で、海原さんは引き下がってくれたのだ。それのどこがタラシ≠ノなるの?
「未祥もこう言ってることだし、今から海原女史のところに駆けつけたら? やっぱり君を取るよ、ハニー、とか言ってやればますます機嫌が良くなるんじゃないの」
裕生は笑いながら志門に言ったが、未祥にはその言い方がやはり志門を責めているように聞こえた。志門はさっきよりもっと仏頂面になっている。未祥は怒った声で裕生に言い返した。
「裕生ちゃん、なんでさっきから志門くんを怒らせるようなこと言うの? 志門くんは海原さんが嫌な気持ちにならないように気を遣ってくれたんだよ。それなのにタラシ≠ニか……そんな風に言うの、良くないと思う」
裕生は未祥のいつにない剣幕にちょっとだけ目を見開いた。でも一つため息をつくと、呆れ気味の表情で目を閉じ、首の後ろをゴリゴリ掻いた。
「未祥、あんたホントにこの状況が分かんないの?」
「なにが? 状況って……志門くんが部活サボるのが良くないってことじゃないの?」
未祥はキョトンとした顔で言う。裕生はそんな未祥を見て、さっきより長いため息をついた。
「未祥が天然ボケっぽいのは今始まったことじゃないから、まぁいいけど……。でも、もうそろそろハッキリ自覚したほうがいいから言っとくね」
未祥は急に不安になって裕生を心配そうに見返す。裕生ちゃんは何が言いたいんだろう、と思った。校門が近づいてきて、朝感じた視線の圧迫感が強くなってきたけど、裕生の言うことが気になったので、そちらに神経を集中させた。
「志門は未祥が好き。これは分かるよね? 告白されたんだから」
うん、と未祥は頷いた。自然と頬が赤くなってしまう。志門を見ると、朝と同じようにうなじに手を当て、警戒するように周りを見渡していた。裕生の言葉を特に否定はしなかったので、まだ自分への好き“は有効なんだ、と未祥は思い、有難いような申し訳ないような、複雑な心境になった。
「で、海原は志門が好き。これは分かってる?」
「う、え……? ええっ!」
驚きのあまり未祥は珍しく大声を出した。
ああ、やっぱり、と裕生が頭を抱えてつぶやく。志門は呆れながらも照れくさそうに未祥を見ていた。
「海原がなんで今まで未祥に嫌がらせみたいなことしてきたか、これで解明出来たでしょ? あたしゃ今まで未祥がそれくらい分かっているんだと思ってたけど……さっきの未祥の反応を見て、これは分かってないのかもって気づいたんだ」
「ぜんっぜん、分かんなかった。頭をかすめもしなかった」
未祥はドキドキする胸に手を当てて答えた。でもこれで海原さんが自分に絡んでくる理由が分かった。志門くんが原因だったんだ、と思うと納得出来る。
「未祥もノーテンキだね。だから自分を好きだと分かってて、思わせぶりな態度を取る志門はタラシだっていうの。分かった?」
「ひでー言い方すんなよ。あれは単なる処世術だ」
志門はまだうなじをさすりながら、嫌そうな顔で裕生に言い返した。
裕生は「へえ〜?」と言って続きを促す。
「いいか? 海原はオレと同じバスケ部で一年女子のリーダーだ。そして一年男子のリーダーはオレだ。しかも同じクラス。とにかく接点があるんだよ。
オレはあいつに告られたワケじゃないけど、態度見てりゃあオレを好きなんかな、くらいは分かる。そしてあいつは女の塊みたいな性格だから、ああやってキャンキャンうるさい事を言ってくるんだ。
この先物事を上手く運びたいと思ったら、上手に扱わないと何を言い出すか分からないだろ? 未祥ちゃんに余計な被害が及ぶのも心配だし、その場その場で適当に言い繕う事に決めてるんだ。タラシってのは心外にも程があるよ」
未祥を押しとどめる形で、裕生が美恵に向かって言った。
美恵は一瞬、険を含んだ視線で裕生を見たが、すぐに志門に視線を移す。
「そうなの? 部活より覚羅さんを取るんだ」
美恵の言い方のキツさに、いつも動じない志門が後ろに軽く仰け反った。未祥はハラハラして三人の顔を順番に見る。志門は困った様子で頭を掻き、美恵は浮気現場を掴んだ奥さんのような形相で志門に詰め寄り、裕生は言い返せない志門を冷たい目で見ている。
「えーと、それなら明日混合試合しよう。先生に女子と混ざって試合できるように頼んでみるよ。その時は同じチームになれるようにチーム分けジャンケン≠ナ一緒にグーを出そうぜ。今日は悪いけどもう休むって先生にも言っちゃったし、このまま帰るから。ごめんな」
志門の苦しい言い訳じみた提案に、美恵は少し機嫌を良くしたのか頬を赤くした。
「じゃあ、明日は絶対だよ。先輩にも伝えとくからね」と言って、やっとこの場を去ってくれた。
「あんたってタラシの才能あるよね」
昇降口から出て、校門までの道を歩きながら裕生が志門に向かって言った。
「……失礼な言い方だな」と志門は返したが、いつもの元気の良さは感じられなかった。
「なんかごめんね。あたしが変な視線のことなんて気にしなければ志門くんは部活に行けたのに……。もし良かったら今からでも部活に行って。あたしは裕生ちゃんと一緒にいるし、大丈夫だよ」
未祥は志門が困っているのが可哀想になって言った。
なんで裕生ちゃんは志門くんのことタラシ≠ネんて言うんだろう、と未祥は思う。志門くんが明日一緒に試合をすると言ってくれた事で、海原さんは引き下がってくれたのだ。それのどこがタラシ≠ノなるの?
「未祥もこう言ってることだし、今から海原女史のところに駆けつけたら? やっぱり君を取るよ、ハニー、とか言ってやればますます機嫌が良くなるんじゃないの」
裕生は笑いながら志門に言ったが、未祥にはその言い方がやはり志門を責めているように聞こえた。志門はさっきよりもっと仏頂面になっている。未祥は怒った声で裕生に言い返した。
「裕生ちゃん、なんでさっきから志門くんを怒らせるようなこと言うの? 志門くんは海原さんが嫌な気持ちにならないように気を遣ってくれたんだよ。それなのにタラシ≠ニか……そんな風に言うの、良くないと思う」
裕生は未祥のいつにない剣幕にちょっとだけ目を見開いた。でも一つため息をつくと、呆れ気味の表情で目を閉じ、首の後ろをゴリゴリ掻いた。
「未祥、あんたホントにこの状況が分かんないの?」
「なにが? 状況って……志門くんが部活サボるのが良くないってことじゃないの?」
未祥はキョトンとした顔で言う。裕生はそんな未祥を見て、さっきより長いため息をついた。
「未祥が天然ボケっぽいのは今始まったことじゃないから、まぁいいけど……。でも、もうそろそろハッキリ自覚したほうがいいから言っとくね」
未祥は急に不安になって裕生を心配そうに見返す。裕生ちゃんは何が言いたいんだろう、と思った。校門が近づいてきて、朝感じた視線の圧迫感が強くなってきたけど、裕生の言うことが気になったので、そちらに神経を集中させた。
「志門は未祥が好き。これは分かるよね? 告白されたんだから」
うん、と未祥は頷いた。自然と頬が赤くなってしまう。志門を見ると、朝と同じようにうなじに手を当て、警戒するように周りを見渡していた。裕生の言葉を特に否定はしなかったので、まだ自分への好き“は有効なんだ、と未祥は思い、有難いような申し訳ないような、複雑な心境になった。
「で、海原は志門が好き。これは分かってる?」
「う、え……? ええっ!」
驚きのあまり未祥は珍しく大声を出した。
ああ、やっぱり、と裕生が頭を抱えてつぶやく。志門は呆れながらも照れくさそうに未祥を見ていた。
「海原がなんで今まで未祥に嫌がらせみたいなことしてきたか、これで解明出来たでしょ? あたしゃ今まで未祥がそれくらい分かっているんだと思ってたけど……さっきの未祥の反応を見て、これは分かってないのかもって気づいたんだ」
「ぜんっぜん、分かんなかった。頭をかすめもしなかった」
未祥はドキドキする胸に手を当てて答えた。でもこれで海原さんが自分に絡んでくる理由が分かった。志門くんが原因だったんだ、と思うと納得出来る。
「未祥もノーテンキだね。だから自分を好きだと分かってて、思わせぶりな態度を取る志門はタラシだっていうの。分かった?」
「ひでー言い方すんなよ。あれは単なる処世術だ」
志門はまだうなじをさすりながら、嫌そうな顔で裕生に言い返した。
裕生は「へえ〜?」と言って続きを促す。
「いいか? 海原はオレと同じバスケ部で一年女子のリーダーだ。そして一年男子のリーダーはオレだ。しかも同じクラス。とにかく接点があるんだよ。
オレはあいつに告られたワケじゃないけど、態度見てりゃあオレを好きなんかな、くらいは分かる。そしてあいつは女の塊みたいな性格だから、ああやってキャンキャンうるさい事を言ってくるんだ。
この先物事を上手く運びたいと思ったら、上手に扱わないと何を言い出すか分からないだろ? 未祥ちゃんに余計な被害が及ぶのも心配だし、その場その場で適当に言い繕う事に決めてるんだ。タラシってのは心外にも程があるよ」