第十四話

「夜衆か。どうやって俺を見つけた?」

可畏の問いに、三階の窓から侵入した男はちょっと目を見開いて、ため息をついてからいった。

「あんたは上手に結界を張っているが、さっきそれが一度乱れたんだ。どうやら……ひどく興奮する事をやってたみたいだな。心当たりがあるだろう」

可畏にはもちろん、心当たりがあった。多分この若い男も可畏が何故張っていた結界を乱すことになったのか、分かっているのだろう。女と抱き合い、血を吸った時に結界が乱れてしまったのだ。

普段自宅で女を抱く時は、部屋そのものに結界が張ってあるので気が緩んでも気づかれる事はない。そして未祥の学校にも結界が張ってある。学校の敷地の四隅に盛り塩と清水を仕込んであるのだ。そうやって今まで気をつけて来たのに、自分の欲求に勝てずミスを犯してしまった。

可畏は恥ずかしさと自己嫌悪で頬を赤らめると、夜衆の鬼を睨んだ。しかし相手は全く可畏の感情には頓着せず、「まぁ、誰だってアンときゃ意識が飛ぶもんさ」と言った。

「そんな訳で俺はやっとこ、逃亡者≠ニ呼ばれるあんたを見つけたんだ。一応確認しておくが、あんたは覚羅可畏でいいんだな?」
「……そうだ」

可畏は一瞬、答えを躊躇ったが今更嘘をついたところで意味がないと思い、正直に答えた。

「俺は覚夜光(かくやこう)だ。光と呼んでくれ。俺もあんたを可畏、と名前で呼ぶ。俺たちの先祖は元は双子だったんだから、他人行儀はお互いやめよう。可畏は二十二歳になると聞いたが、そうなら俺は可畏より七つ年上だ」

男は大きな体を持て余すように足を何度か踏み変えながら話した。温厚そうな目と、少し鼻にかかった太い声は全く敵意を感じさせない。可畏は複雑な思いで覚夜光を眺めた。目の前にいるのは父の敵の仲間、夜衆の鬼のはずなのに、なぜか恨みを抱く事が出来なかった。

「俺を……捕まえに来たのか?」

可畏は声を出す自分の喉が嫌に重く、詰まる感じがした。ついにこの時が来てしまったという緊張感から口が上手く動かない。だが可畏より身長が高い少しタレ目の覚夜光は、その目をしぱしぱさせると「違う。説得に来た」と言った。

「説得?」
聞き返す可畏の言葉に、光は大きく頷いた。

「帰って来ないか? 刀利に」
「……え?」

可畏は目を見張って赤みがかった髪を持つ大柄な男を見つめた。夜衆は総じてみな髪が赤っぽく、羅衆より幾分ガタイがいい。村で赤鬼≠ニ呼ばれるのが夜衆だ。光は目を閉じて大きな手で頭をボリボリ掻くと、自分が入って来た窓に向き直り、開いていた窓を閉めた。

「俺は……それと俺の仲間は古いしきたりや考え方が好きじゃない。昔から刀利村は比丘尼の宝珠の力に頼って、なんとか存続してくることができた。山奥で辺鄙な村だからな。特産物もないし昔は比丘尼に頼るしかなかったんだろう。

でも、もう時代は二十一世紀だ。新たな村のあり方を考えていこう、というのが俺達新進派の考え方なんだ。朝夕の寒暖差が大きい土地柄なのを活用して、ここ数年米作りと酒造りに邁進してきた。

多聞を説得して道路を整備するとこからやったから、大型農機も入れられたし農作業は昔ほど大変じゃない。最近はネットで地酒を売り出して、ブランドとして刀利の酒が認められてるんだ。神仏に頼り切らなくても、自分達の力で村の財政を維持して行けるとこまで来てる」

光は閉めた窓の壁に寄りかかると、世間話でもするように刀利村の現状を話した。
可畏はさっきとは全く違う意味で、喉が詰まるような気がした。考えてみたら十七年も比丘尼が不在だったのだ。

それまでの刀利村は宝珠の輝きのおかげで、主に鉱石を採掘する事で財源を確保してきた。比丘尼が願う事で、村の外れに金銀財宝の大岩が宿る。それを切り崩すと金や宝石を取り出す事ができた。比丘尼は村の安泰の為に崇められ、神と同等の存在として多聞家の奥深くに隠されて来たのだ。

比丘尼に相まみえる事が出来るのは、多聞の一族と、多聞に使役される羅衆と夜衆の当主だけ。代々強欲な多聞一族が村を仕切り、利益を剥奪してきた。

「まぁ、比丘尼がいなくても刀利はやっては行けるが、伝説だと比丘尼の年齢は十六のままなんだろう? 年をとらない娘をかくまって生活するのは、いい加減疲れたんじゃないか?」

光は穏やかな表情で腕を組むと、同情のこもった視線を可畏に向けて言った。
可畏は光の今の発言にある疑問を覚えた。もしかしたら、という疑いをこめて次の言葉を言ってみた。

「……今の比丘尼、未祥は明日十六になる」
「なんだって?」

光の驚いた声に、可畏はやはり、と思った。
刀利村の人々は比丘尼が生まれ変わった事を知らない……。

光はあんぐりと口を開けたまましばらく動かなかった。可畏は次の講義が始まってしまったのを頭の片隅でぼんやりと感じた。でも今は授業どころではない。とにかく、この覚夜光とじっくり話し合わないことには、新しいことは何も進まなそうだった。

「それじゃあ、あれか? 例の比丘尼の再生≠ェ十六年前に起きてたってことか?」
光はしばし呆然と大口を開けていたが、気を取り直して可畏に聞いた。

「そうだ。先代の比丘尼、祥那が新生児として生まれ変わるのを俺はこの目で見た。原因を作ったのはもちろん、俺の親父だよ」
「なんてこった……。十六年。そんな前に……」
「知らなかったのか。俺はてっきり、それが分かったからあんた達は親父を殺したんだと思ってたよ」
「殺しただって! 冗談じゃねぇ。あれは事故だったと聞いたぞ」

可畏は目を見開いた。今度硬直するのは、可畏の方だった。