最終話

「皆さん、お騒がせしました。どうぞ食事を続けてください」

るいは食堂に集う人たちにそう挨拶すると、あたしと唯ちゃんを促して食堂から外に出た。外に出ても、みんなから注目された。暇な学生たちは今日の話題でしばらく盛り上がるだろう。

「さすがにあの中で食事をする気にはなれないな。どうする? 何か食べに行こうか」

るいはいつもと同じように穏やかにあたし達に聞いた。

「ちょっと待って。あたし、話がよく見えないの。計画ってなんなの? 学はワザと唯ちゃんに近づいたってこと?」

あたしの問いかけに、るいは立ち止まって説明してくれた。

「そうなんだ。山浦はずっと、二葉に振られたのは俺が横盗りしたせいだ、と思っていたらしい。山浦はあれで結構モテるから、自分が捨てられるなんてプライドが許せなかったんだろう。悔しい思いを、相川麻沙美との寝物語で語ったのが今度の計画の始まりだ」

「麻沙美ちゃんはね、学さんから話を聞く内に、二葉ちゃんを学さんから盗った″]藤るいは同じクラスの江藤唯のお兄さんだって気がついたの。麻沙美ちゃんは文化祭の時にお兄ちゃんを見たことがあって、ずっと好きだったらしいんだ。

それで学さんと二人で話し合って、最初に麻沙美ちゃんが私を遊びに誘って、学さんと引き合わせてから夢中になるようにしむけて、学さんは私をモノにしてから捨てて傷つけようとしたの。そうすれば間接的にでも江藤るいに一泡吹かせてやることになるでしょう? 

麻沙美ちゃんの方はその事でお兄ちゃんが心配して私の様子を友達に聞いてくるだろうから、その時に話をすればお兄ちゃんは必ず自分を好きになると思ってたみたい。ごめんなさい。まんまと作戦に乗せられた私が悪かったの」

るいと唯ちゃんの説明で、やっとあたしは納得が出来た。では今回の騒動はあの二人の浅はかな計画から始まったんだ。それにしても……学って割としつこい性格なのね。あたしの処女を奪えなかったことがそんなに悔しかったのかしら。

バージンキラーも伊達じゃないのね、とあたしが思ったところで校内を歩く学生のざわめきが聞こえた。何事かと周りを見渡すと、食堂の建物の影から学が飛び出してくるのが見えた。

どこから持ってきたのか、野球のバットを持っている。それを走りながら頭上に振りかざし、まっすぐるいを目掛けて突進してきた。

あたしはまた急いで小太刀に手を伸ばした。るいはあたしたちをかばおうと前に出る。

ところが学は、あたしたちの五メートルほど手前で突然目を見開き、ガクンと膝をついた。そして頭の上にバットを構えたまま、顔から地面にバッタリ倒れ込んだ。

何が起こったのか分からずポカンと学を見ていると、倒れている学の後ろの空間がユラユラと揺れ始めた。それは段々輪郭をハッキリ現して、大鎌を持つ死神の姿に変わった。

「この辺にあまり来たことがなかったので、魔界に帰らずうろついていた。余計な事だとは思ったが、昔のよしみで助けさせてもらった。その男は多くの女性を泣かせてきたと見る。ああ、殺しはしていない。少々、生殖機能に問題を与えただけだ。

全く……死ななきゃ治らないのは馬鹿だけではないからな。諸悪の根源であるそいつの股間のイチモツに、ちょっとばかり不具合を与えてしまったが、さほど人間界に影響はないだろう。ではまた機会があれば会おう。今度こそさらばだ」

シドは言いたいことを一気に言うと、あっという間に空気の中に溶けて消えてしまった。お礼を言う暇もなかった。るいも呆然とシドの消えた空間を見ていたけど、ひとつため息をつくと倒れている学に近づいた。

るいは学の腕を引っ張って肩に担ぎ上げた。あたしも手伝う為に手を出そうとしたけど「一人で大丈夫」と断られてしまった。やっぱりるいは結構、力がある。

「あ、そういえば……現場って何? なんか最近その言葉をよく聞く気がするんだけど」

あたしが言うと、るいは一瞬だけピクリと眉を動かした。でもすぐにいつも通りの顔になり「現場? 何のことかな。分からない」と答えた。あたしはちょっと不審な感じがしたけど、お父さんの言葉を思い出した。

るいが嘘をつくなら、つくだけの理由がある。

「ふうん、そう。それならいいや」と答えると、るいに付き添って唯ちゃんと共に保健室に向かった。



るいの指があたしの背中をそっと滑っていく。

「青あざになってるね。痛々しいな」

そう言って、今度は唇を背中につける。あたしはくすぐったさと気持ちよさが一緒になって思わず体を震わせた。「ごめん、痛かった?」とるいが聞く。あたしは首を横に振った。

「二葉にこんな怪我を負わせるなんて……学をもう一発殴っておけばよかった」

るいは吐き出すように言った。あたしはホテルのベッドの白いシーツの上で、裸のるいに手を伸ばす。

「いいの。もう終わった事だもの。それに学は天罰を受けたわ。今、彼が女の子達の間でなんて言われてるか知ってる?」

るいは寝そべりながらあたしの体を自分の上に乗せた。「知ってる。腑抜け≠セろ?」と面白そうに言った。

「そうよ。今や彼は女を満足させることが出来ない男として有名になってるわ。可哀想だけど、過去が過去だから同情するのもね……。アイツに純粋な思いで初めてを捧げて、捨てられてしまった女の子達の呪いだという噂もあるのよ」

あたしは自分がその女の子の一人にならなかったのは幸運だと思った。シドのお陰でこの先は被害者が減ることになるだろう。学が本当に出来なくなった≠ゥどうかは定かではないけど、全く機能しないワケじゃないらしいし、あたしが心配してもしょうがない。

「唯ちゃんは元気?」とあたしは聞いた。

「元気だよ。今は咲ちゃんとまた仲良くなって、最近の楽しみは学校帰りにファストフードに寄ることだって。今の私にはそれが合ってると言ってたよ」

それを聞いてあたしはホッとした。大人びた恋愛ならこれからいくらでも出来るだろう。唯ちゃんには、唯ちゃんらしい高校生活を送ってほしいな。

今日はクリスマス・イブ。

あたしとるいはホテルのチェックイン三時からずっとベッドの上にいる。今日は二葉を独り占めするんだ、とるいは宣言し、夕食もルームサービスで済ませてしまった。

るいはベッドの上で何度目になるか分からない熱いキスを交わすと、おもむろにベッド脇に置いてあった自分のバッグから細長い四角い箱を取り出した。

「これはクリスマスプレゼント。開けてみて」と差し出してくる。

あたしはドキドキしながら受け取った。あたしのるいへのプレゼントは時計で、食事の時に渡してしまった。るいは「俺のプレゼントは後のお楽しみ」と言ってまだもらってなかった。

何が入ってるんだろう……。あたしは綺麗なピンクのリボンと赤い包装紙を慎重に外して箱を開けた。出てきたのは薄ピンク色のハートの宝石がついたペンダントだった。

「すてき……!」

あたしは思わず声を上げた。その宝石は多分カラークリスタルだろうけど、細かくカットされていて、部屋の明かりを反射してキラキラ光っている。

「つけてあげる。後ろを向いて」

るいはあたしの首にその綺麗なペンダントをつけてくれた。そしてあたしの肩を掴むと、自分の方に向かせる。

「……やっぱり。とても良く似合うよ。ダイヤモンドは二葉の誕生石だから、お守りにもなる。巫女さんにそんなこと言っちゃダメかもしれないけど」

「ダ……ダイヤモンド!?」

あたしは驚いて大声を出した。
ダイヤモンドって……それではこれは本物の宝石なの?

「そうだよ。実はバイト先の宝石店でクリスマスに合わせて沢山の宝石を輸入したんだ。その中にとても綺麗なナチュラルのピンクダイヤがあったから、是非買わせて欲しいって店長にお願いしたんだよ。

カラットは0.3に欠けるくらいなんだけど、クラリティはVVS2で割と高かったし、カットはハートシェイプ・ブリリアントでとても良く出来ていた。輝きが綺麗だろう? 

絶対、二葉に似合うと思って必ず買うからと約束して、店長にお店に出すのを止めてもらったんだ」

るいは、今度はあたしの胸に指を滑らせて、自分の送った宝石を満足そうに見ながら言った。あたしは嬉しい気持ちと同時に、少し心配になった。だって……本物の宝石となれば安い買い物ではなかったはずだ。

「それじゃあ……これ高かったでしょ……?」

あたしは恐る恐る聞いた。るいは軽く笑うとあたしを引き寄せておでこにキスした。

「そこそこね。実は現場っていうのは、夜中のバイトの事なんだ。宝石店が終わってから、工事現場で道路を掘ってた。最初キツかったけど、段々力もついてきて慣れたらそうでもなくなってきたけどね」

「そんな……そんな……るい。あたしのプレゼントの為にそこまで……」

「男が女の為に努力するのは当然の事だよ。それに俺はこのペンダントを裸で身に付ける二葉が見たかったんだ。完全に自分の欲望の為。喜んで貰えると思ったけど……違った?」

あたしは首を振って否定した。これ以上の喜びなんてそうそうない。自分の目から涙がボロボロ落ちるのも分かった。あたしはなんてるいに大切にされてるんだろう。そう思うと、涙を止めることが出来なかった。

あたしはるいの首に腕を回して強く抱きしめた。なんて素敵なクリスマス。神社の娘がクリスマスを祝うなんて間違ってると思うけど、御神体さま、どうか見逃してください。あたしは涙を手で拭いながらるいに言った。

「ありがとう。とっても嬉しい。あたしももっと凄いプレゼントを渡せれば良かったのに」

るいはあたしの頬を両手で掴むと、優しく語りかけてくる。

それは魔法の言葉。
すべての女の子が聞きたい、愛の言葉だ。

「俺はもう、掛け替えのない宝石を持ってる。言っただろう? 俺にとって、二葉は何より大切な宝石だって。俺はこれからも二葉と愛し合うために精一杯努力する。だから二葉は俺に……俺だけに恋をする、輝く宝石でいて欲しい」