第二話

──こんな人? 仮にも初対面の人に向かってこんな人とは……!

いくら多少常識を知らなくても許される未成年だからって限度があると思う。たかが女子高生相手に大人気ないけど、何も言い返さないのも悔しい。あたしはわざとニッコリ笑顔を作って彼女に言い返した。

「るいの好みがどんな女性だって、あなたには関係ないでしょう?」

「うーん、そうかな。まぁ、あたしは色々るいから相談される立場なんだけどね。オネエサンが関係ないっていうならそれでいいや」

それだけ言うと、その子はサッと向きを変えて大久保くんに「ありがとうございました」と言った。大久保くんには、格別可愛い笑顔付きで挨拶してる。そして呆然とするあたしを一瞬だけ見て踝を返すと、その子はその場を去った。

「いいなぁ、江藤の奴。あんな可愛い子と知り合いなんだ……」

大久保くんが彼女の後姿を物欲しそうに見送りながらつぶやく。でもあたしの冷たい視線に気が付いてから、あわてたように「じゃ、おれはこれで」と言って去って行った。全く……どいつもこいつも人に気を遣うという事を知らないのかしら。

あたしは出掛ったクシャミが止まってしまったみたいな中途半端な気分のまま、帰路についた。もやもやしてヤな気分。

足音荒く歩きながら駐車場の横に差し掛かった時、通路に出ようとしている車が見えた。派手な赤のスポーツカーは学のものだ。あたしも何度か乗せてもらったことがあるから覚えてる。

運転席はガラスが陰になってはっきり見えなかったけど、あのシルエットは学だという事は分かった。そしてその隣に、制服姿の女の子が見える。

まさか……さっきの子?
もっとしっかり確認したくて目を凝らしたけど、車は曲がってスピードを上げると駐車場の出入り口に向かって行ってしまった。あたしは追いかけようと思って数歩走ったけど、車はあっという間に通用門から外に行ってしまったので諦めた。

ますます、もやもやが募る思いで道を歩いた。もしさっきの女子高生が学の車に乗っていたなら、あの子はるいとも学とも知り合いという事になる。

でもフロントガラスは光と影が同時に映し出されていたので、顔ははっきりと見えなかったし……気のせいかもしれない。学はまだしも、るいが女子高生とお友達なんてちょっと想像がつかない。しかもあの子はるいから何か相談されてるとか言ってなかった?

今すぐるいに電話したかったけど、もうバイトが始まっている時間なので躊躇われた。いくらバイトとはいえ、高価な宝石を扱う正規の宝飾店だ。お客さんの相手をしている時に携帯が鳴っても迷惑だろうし、何より携帯を店内まで持っていかない可能性が高い。

るいはまだエドモンド・ルイス≠セった頃、宝石を加工する仕事をしていたらしい。エドモンドの生家は由緒ある名門貴族だったみたいけど、彼は宝石の輝きが好きで、ほとんど道楽で加工職人のところに弟子入りしたと聞いた。その経歴から今でも宝石の鑑定が正確に出来るらしく、先日あっさり鑑定士の資格をとり、格式高い老舗の宝飾店にアルバイトとして雇ってもらうことが出来てしまったのだ。

宝石店の店員といっても、中には知識がろくすっぽないまま販売をしているだけという人もいるらしく、るいはお客さんからも評判が良かった。その上あの美しさ。お金持ちのマダム達がるい目当てに足繁く来店するという話も聞く。それはそれであたしの精神衛生上、あまりいいものじゃない。

というか、はっきり悪いわよ。例え相手がオバサンでも。

投げた小太刀は的の端っこに突き刺さった。気持ちが乱れていると小太刀も上手く扱えなくなる。

「当たっただけマシか」と言いながら父が小太刀を的から抜いた。あたしはいつも神社の裏の林で小太刀の稽古をする。立ち並ぶ杉の木の幹一本一本にたくさんの的が付けられていて、それを目がけて小太刀を投げるのも練習の一つだった。最近はかなり扱いがスムーズになってきたのに、今日は全然調子が出ない。

「どうした。死神と喧嘩でもしたのか?」

笑い含みの顔で父が聞く。最近はデートを優先して小太刀の練習をさぼりがちだったから、あたしがるいと一緒じゃない事が嬉しそう。

「喧嘩なんかしてないわよ。それにるいはもう死神じゃありません」

ツンツンしながらあたしは答えた。お父さんに当たっても何の解決にもならないけど、手放しで嬉しそうな態度を取られるとムカッとするのは抑えられない。

父はるいを嫌っているワケじゃないみたいけど、るいが黒の案内人≠ナ死神だった事を知っているせいか、まだどこかに警戒心を持っているようだ。何といってもるいは元魔界の住人だから、父からすると基本的に信用に足る相手ではないとでも思っている可能性が高い。

父は引き抜いた小太刀をあたしに向かって差し出すと、目を眇めてあたしを観察する。

「じゃあ何故平常心を保てない? 喧嘩じゃないとしても、お前が今一番心を乱されるのはるいくんの事だろう。どうした。浮気の疑惑でも出たのか?」

父の予測発言は事実とは違うものの、妙に的を射ている感じがしてドキッとした。父から受け取った小太刀の柄が、自分の手の汗でヌルヌルになってしまう。

「るいが浮気なんて……す……る訳ないじゃない」

あたしは一応否定の言葉を吐いたけど、父にとってはあまり説得力がなかったかも。

父は少しの間何も言わずに、ジッとあたしの顔を見つめた。それから一つため息をつくとポケットから自分の小太刀を出してシュッと素早く投げる。小太刀は二十メートルは離れている杉の木の的に向かって飛んでいき、遠目にも正確に中心に刺さったのが分かった。

「お前とるいくんの事に口を出すつもりはない。二葉ももう子供じゃないしな。でも人間一緒にいると、時には相手に対して不安な感情が芽生える事もある。おれはお前に、何が何でも相手を信じろ、とは言えない。

何故ならおれは人の心に絶対≠ェないと思っているからな。心はその時々で移り変わるし、必ずと決めたことでも翻ってしまうこともある。ただ……これだけはハッキリお前に言ってやることが出来るぞ」

神主の割にいつもはざっくばらんな父が真剣に話しているので、あたしもきちんと耳を傾けた。父はあたしの目をまっすぐ見つめて言葉を続けた。

「るいくんは信じるに足る人間だと、おれは思う。彼が嘘をつくなら、つくだけの理由があるからだろう。どっちにしてもるいくんは、自己を保身するためにお前を騙すような事はしないと思うぞ」

あたしは父がそう言ってくれたことに驚きを感じた。今まで父はるいの事があまり好きではないのでは? と思ってきたから。

「お父さん、あんまりるいと喋らないのに、よくそういうことが分かるね」

「そんなのは普段の振る舞いを見ていれば分かる事だ。彼は挨拶もしっかりするし、お前に門限を破らせた事もない。勉強もバイトも申し分ないほどしっかりこなしている。巫女であるお前を……スキにしている≠ニころだけはいただけないが……まぁ、出会いが出会いだったからな。仕方がないとは思っている」

そう言った父は、なんとなくしょぼんとして小さく見えた。そうか、とあたしは気づいた。父はるいが嫌いなのではなく、娘を取られる父親としての自分の感情が嫌なんだ。

あたしは謎が解けたけど何故か自分も寂しくなった。手放しであたしがお父さんっ子でいられる時期は、もう過ぎてしまったんだ。あたしはこの話をここで終わりにするために、話題を違う方向に向けた。

「……それにジローもくれたしね。いい人でしょ?」

「おう、あのジローはさいこ……って、なんでお前がポールジローの存在を知っている? あれは二葉には内緒ですっておれの誕生日にるいくんがくれたんだぞ」

「あたしからブランデーを守ろうとする努力が足りないのよ、お父さんは。隠し場所を変えても無駄よ。匂いで分かるんだから」

「お前は犬か? どんな嗅覚なんだ! あれはちょっとずつ飲もうと思って大切に保管しておいたのに」

「ごめん、もう半分以下。でもあたしはレミーの方が好みだけど」

オォ、ノー! という相変わらず神主にあるまじきお父さんの叫びを聞きながら、あたしは小太刀を先刻父が投げた的に向かって鋭く放った。



あたしの小太刀は、父の小太刀のすぐ横に突き刺さる。仲良く並んだ小太刀は、まだあたしはお父さんと一緒にいるよ、と言っているようだった。

次の日、メールで連絡があった時間にるいがあたしを迎えに来てくれた。るいはお父さんにあたしと出かける旨をしっかり伝えてから、あたしを車に乗せて出発した。

「どこがいい? 何か食べたいものがある?」

車を発進させてすぐ、るいはあたしに聞いてきたけど、あたしは自分が何が食べたいのか考える余裕がなかった。

昨日は結局るいに電話をせず、夜十一時にお休みメールをお互い交わしただけだった。父に言われた通り、あたしはるいを信じることにした。だから余計な事は聞かない。何かあるならるいから言ってくれるはずだもの。

信じられる。あたしはるいを愛してるから信じる。もやもやするけど信じる。「ねぇ、女子高生の知り合いっている?」あれ、聞いちゃった。

るいは目を見張ってちょっとだけあたしを見た。でもすぐに前方に視線を戻す。当たり前だよね、運転してるんだもん。

「女子高生? 知り合いって……唯の友達なら知ってる子はいるけど……?」

るいは至極自然にあたしの質問に答えた。なんであたしがそんな質問をするのか、本気で分からないという感じ。

「昨日ね、大学でるいを探してる女子高生にあったの。その子、るいの事よく知ってるみたいだったから」

「俺を探してた? うーん、どんな子だった?」

あたしが事実をそのまま伝えても、るいは特に焦る様子は見せなかった。あたしはちょっとだけ緊張を解いた。こうなったらもやっとしてる事をきちんと聞こう、と決めた。

「可愛い子だったわよ。唯ちゃんの友達かって聞いたら、そうだって答えてた。スカートが短くてイマっぽい感じの子。なんかね、るいから相談を受けてるって言ってた」

ああ、とるいはつぶやくと、その後一瞬だけ口をつぐんだ。そして前方を向いたまま、今度はクスクス笑いだした。

「なんだ、二葉はずっとその事を気にしてたのか。どうも今日はいつもと違って硬い表情をしているから、何かあったのかと思ってたんだ」

今にも大笑いしそうな様子で話するいを見て、あたしは真っ赤になってしまった。あたしってそんなに分かり易い性格かな。確かになんでも表情に出ちゃうから嘘がつけないタイプだよねって言われたことはあるけど……。

赤信号で車を停止させてから、るいはあたしを見た。目を細めて黒曜石の瞳を薄く隠す。こんな笑顔で見られたら、お金のあるマダムじゃなくたって高価な宝石を買ってあげたくなるわよ、絶対。

「その子は唯の友達だよ。ちょっと最近唯の事で気になることがあったから、その子に色々様子を聞いてたんだ。相談っていうのはそのことだよ。もしかして二葉は、ヤキモチを焼いてた?」

あたしは口をとがらせてるいを見た。なんでるいがこんなに嬉しそうなのか分からない。あたしがその子とるいの間を疑った事に対してムカついたりしないのかしら。

「ヤキモチを焼くつもりはなかったけど、すごく気になったよ。だってその子、肝心なこと何にも言わないんだもん。るいのことも呼び捨てにしてたし、親しくしてるって感じだった」

あたしがそう言うと、るいは視線を前に戻してアクセルを踏みながらちょっと眉根を寄せた。

「呼び捨てか。まだ二回くらいしか話したことがないのに……。あの子はちょっと常識に欠けるとこがあるみたいだな。唯とも最近仲良くなったらしいんだ。大人しい唯とああいう子が友達だっていうのが、不思議ではあるんだけどね」

「唯ちゃんどうかしたの? 差支えなければ教えて」

あたしは心配になってるいに聞いた。唯ちゃんはるいの妹だけあって凄い美少女なのだけど、本人は人見知りが激しく、とてもおとなしい子だった。

でもお兄ちゃんの恋人だという事で、あたしに対しては一生懸命喋ろうとしてくれるいじらしい子でもある。あたしはるい抜きで唯ちゃんとショッピングに行ったこともあるし、時々メールもする。このところお互い連絡も取りあってないけど、年末が近くて忙しいからだと思っていた。

「それが……どうもカレシが出来たらしいんだ」

「えっ、ホント?」