第一話

ピピピピ……と鳴る携帯の目覚ましの音で目が覚めた。

「うー……ん」
隣で眠そうな声をあげて、裸の体が寝返りを打つ。鳴ってたのはあたしの携帯じゃないから、あたしはそのまま浅い眠りの中で意識を漂わせる。ピ、と最後に鳴ってから携帯の音が止んだ。

昨日はバイト先の宝石店で夜十一時時まで残業があったと言ってたな。いくら店長に気に入られてるからって、るいも人がいいんだから。

知識を買われて雇われて、時給で売り子をやるだけのはずが、お店のレイアウトまで相談されるようになったなんて凄いとは思うけど、デートもままならなくなるなんて、あたしとしてはちょっと不満。

でも、昨日のディナーの約束を反故にしたお詫びに、明日提出のレポートを速攻で仕上げて会いに来てくれたから、許してあげた。お昼はあたしの部屋でコンビニおにぎりを一緒に食べただけだけど、その後の時間はものすごく素敵だったし。


カタン、とベッドの頭側に備え付けのボードの上に携帯を置く音がした。そのまま大きくベッドのスプリングが沈む。体を返して、るいが両腕であたしを背中から抱き締める。すんなりした細い指があたしの胸元を探って、一番感じる部分を指先で転がすようにつまみ始めた。

「……っ」

なんとか声を抑えた。日曜の午後は家に誰もいないけど、近所の人が神主の家から昼間セクシーなうめき声が聞こえたという噂話をされるのもいただけない。まぁ、さっきのクライマックスの時は自分でもどんな声を上げてたかなんて覚えてないから、今更かもしれないけど。

るいの手は次第にもっと大きく、輪を描くようにあたしの胸をまさぐりだした。唇は最初肩に当てられ、濡れたあとを残しながら首筋から耳元に上がっていく。胸を優しく強く撫で上げていた片方の手が、お腹から脚の間に滑っていく。

声には出してないけど、息遣いはかなり激しくなってきた。体の中心で蠢くるいの指先に翻弄されて身悶えた拍子に、お尻がるいの真ん中に当たる。あら……もう全開って感じだわ。

るいは一度体全体をあたしの背中に擦り付けると、上半身を起こして体勢を変え、今度はあたしの上に覆いかぶさった。

あたしは仰向けの状態で、息を乱してるいを見上げる。るいの顔はエルだった頃より東洋系になった分、ちょっと彫りが浅くなった気がするけど、美しさには変わりがなかった。銀から黒に変わった髪が、愛欲に潤んだ黒曜石の瞳の上に乱れてかかっている。そのあまりの色っぽさに、あたしの方も一気に全開状態になった。

「……時間、大丈夫なの?」

心とは裏腹に、つい気を回して聞いてしまった。このままの状態でるいにバイトに出かけられるのはつらいけど、目覚ましまでかけて遅刻しないように準備していたのに、聞かないのも悪い気がした。るいは片手で自分の体を支えると、もう片方の手であたしの頬を優しく撫でる。

「もう一度二葉としたかったから、少し早めに目覚ましのセットをしたんだ」

そう言ってフッと笑うと、今度は顔を伏せてその綺麗な形の唇であたしの口をふさいだ。
何度交わしても、るいとのキスは胸が締め付けられるような切なさが混ざる。

弦≠ナお別れのキスをした時の苦しみがよみがえるからかもしれない。もう絶対離れたくない、といつも思ってしまうから。

あたしはるいの首にしがみついて激しいキスに答えた。るいは一瞬唇と離すと、あたしの目を覗き込み、一気にあたしの体に入る。さっきの熱がまだ冷めずに残っているあたしの中は、もうるいの形を記憶していた。

この形をずっとあたしの中だけに刻み付けて欲しい。その感情が独占欲なのか愛情なのか自分でも判別出来ないけど、女の子ならきっとみんなそう思うはず。好きなヒトとは離れたくないし他の女の子も見て欲しくない。

るいが浮気するなんて想像もしたくないけど、それでもいつもどこかに不安があるのはるいがモテるからかもしれない。大学では学部が違うけど、あたしのいる文学部でも結構るいのことを知っている子たちがいてビックリした。

「江藤くんとどうやって知り合ったの?」とよく聞かれるし、そういう質問をしてくる女の子の瞳の中には嫉妬≠フ感情が見え隠れするから、その度にドキドキしちゃう。

大学でるいと一緒にいると、一度も話したことないクラスメイトが近寄ってきて、あたしの友達≠ニ称してるいとお喋りしようと画策するんだもの。その根性にはあたしですら感服するくらいだわ。

次第に激しくなるるいの動きに、他のことを考えている余裕がなくなってきた。こんな風に裸で抱きしめられているのに勝手な不安を抱えてる自分が嫌になってくる。

るいの筋肉質な背中にしっかり腕をまわして、首筋にキスをする。あたしが弦≠ナ掴んだ大切な幸せ。この優しい死神さんを抱きしめて、もしるいが未だ死神としての力を持っているなら、あたしはるいに命を絶ってほしいと思う。

だって本当に、死ぬまで一緒にいたいから。



玄関先で靴を履いたるいは、あたしを振り返って少し笑った。

「じゃあ、行ってくる。明日は学校が終わったらまたバイトなんだ。遅くなりそうだから会うのは無理かな。明後日また会える?」

「……うん」

あたしはるいに明日会えないと分かってガックリきた。るいの顔が見れないと思うと明日の予定すべてが色あせてしまう。るいはしょんぼりしたあたしの頭を大きな手で撫でると、「明後日は晩御飯をレストランでとろう。二葉は勉強頑張って」と言った。

あたしはまたうんざりする事を思い出して、余計渋い顔になってしまった。大学の勉強の他に、宮司としての資格を取るために勉強しなくちゃならいなんて、ほんと嫌になる。本来お姉ちゃんがうちの神社の跡取りになるはずだったのに、妖精の世界に行ってしまった為、後継ぎがあたしに回ってきた。

お姉ちゃんは大学卒業後、巫女として働きながら神職の資格を持つ男性を婿に取るつもりだったみたいけど、あたしはるいが神主になるとは思えなかったから自分で資格を取ることにした。巫女の仕事は覚えたけど、宮司となると全然違う。もう、頭がパンクしそう。

るいはあたしの頭の後ろに手を当てて自分に引き寄せると、顔を寄せてキスをした。あたしは軽くキスに答えたけどすぐに唇を離した。お別れのキスは嫌い。二度と会えないような気分になるんだもん。

「メール入れるよ」と言って玄関から出ていくるいに手を振った。閉められた玄関ドアをしばし見つめていると、ブゥン……と車が駐車場から出て行く音が聞こえた。

そういえば十月にここで黙って去っていく学を見送ったな、と思い出した。あの時も惨めで寂しい気分だったけど、今の寂しさは学の時の比ではない。

もっと苦しくて──痛い感じ。
それくらい、るいと離れるのはイヤ。

ずっと一緒にいられる方法は結婚しか思い浮かばないけど、るいもあたしもまだ学生だし、結婚は早い気もする。同棲は神主の娘じゃNGだろうな……。

あたしは自分の部屋に向かって階段を上がった。部屋で机の前に座り、神道学の教科書を広げる。文字を追っているうちに気持ちが落ち着いてきた。明後日にはまたるいに会えるもの。それを楽しみに頑張ろう。

将来るいとずっと一緒にいられるように「今」できることを精いっぱいやろう、と心に決めて、あたしは勉強に集中した。




次の日全部講義が終わった後、あたしはキャンパスを校門に向かって歩いていた。友達はみんな生憎バイトかデートで、あたしとお茶に付き合ってくれる子は一人もいなかった。ついてない時はとことんついてないんだから。

仕方ない、帰って小太刀の稽古でもするか、と決めて家に向かって歩き出す。もう弦≠ノは行ってきてしまったのだから、小太刀の練習もやらなくて済むかと思ったら、弦≠フ出入り口からいつ魔物が飛び出そうとするか分からないからお前も鍛えておけ、とお父さんに言われて、あたしは真面目に稽古を続けていた。

お父さんもお母さんも口には出さないけど、お姉ちゃんが帰ってこないことが寂しいみたい。だからあたしはお姉ちゃんの分も精一杯、朱雀神社を守って行かなきゃと思う。こうして自分の将来のことを真剣に考えるようになったのも、弦≠ノ行ってるいに会ったお蔭かな。

「朱雀さーん」と、突然声を掛けられて顔を上げた。考え事をしていて下を向いて歩いていたので声を掛けた人が割と近くにいたのに気付かなかった。声の主は同じクラスの大久保くんだった。あまり話したことはないけど、顔見知り程度には知っている。その彼の口元は今、デレッと嬉しそうに笑う形を取っている。

「この子がさ、江藤くんのこと探してるんだ。朱雀さんなら彼がどこにいるか知ってると思ってね」

大久保くんがこの子≠ニ言って左手を差し向けた相手を見て、彼のニヤニヤ笑いの原因が掴めた。

その子は若く可愛らしい女の子で、制服を着ている。スカート丈はヒップのアンダーラインぎりぎりまで短くしてあり、そこから生足を覗かせていた。この寒いのにストッキングもタイツも履いていない。髪は茶色で目はつけまつげ。それこそ全身で「イマドキの女子高生」を主張しているタイプの子だ。

女子高生は特に表情も変えずにあたしを見た。絶対学校指定のカバンじゃなさそうな、ピンクのラインの入った学生かばんを肩に掛けて、持ち手の部分に片手を当てている。そのまま頭を下げるわけでもなく、挨拶の言葉を述べる訳でもなく、じっとあたしを凝視していた。

まるで──値踏みするみたいに。

感じのいい視線じゃない他人に親切にするほど、あたしはいい人じゃない。この子がなんでるいを探しているのかは気になるけど、女子高生に知り合いがいるかどうかは後でるいに聞けばいい。るいが「そんな知り合いはいない」と言えばあたしはそれを信じるだけ。

「るいなら講義が終わったらバイトだって。もう学校にはいないと思うよ」

あたしはそれだけ大久保くんに向かって言うと、二人の横を通り抜けて帰ろうとした。その時、「ふうん、じゃあ宝石店に行けば会えるかな。それとも現場の方か」と女子高生がつぶやいた。

あたしは立ち止った。宝石店は分かるけど……現場ってなんだろう。それにこの子、なんでるいのことにそこまで詳しいの?

そこでふと、思いついた。るいには唯(ゆい)ちゃんという可愛い女子高生の妹がいる。もしかしたら唯ちゃんの友達関係かもしれない。あたしがそれを聞いてみようと彼女を見ると、「あのさ、オネエサンがるいの彼女なの?」とその子が聞いてきた。

態度に問題あるものの、話しかけられて無視するのは失礼にあたると判断し、ちゃんと答えることにした。

「そうよ。朱雀二葉です。あなたはもしかして唯ちゃんのお友達?」
「ああうん。そうかな……トモダチ。ねぇ、どうやってるいと知り合ったの?」

この子は人の質問は重要視せず、自分の思いばかりを優先させるタイプみたい。るいと知り合ったきっかけについては口外するわけにはいかないので、聞いてきた人には適当な言い訳を返すことにしている。あたしはこの子にもその手を使った。

「大学で知り合ったの。それで、るいに何か用事があるの? 良かったらあたしから伝えておくけど」

「あ、いいんだ。いないなら。後でメール入れとく。今日はたまたま大学の近くに来たから寄ってみただけなの」

この答えに、あたしは胃のあたりがチリチリするような嫌な感じを受けた。もちろん、るいだってあたし以外の人とメールはするだろうけど、こんな女子高生と親しくしているなんて聞いたこともない。

あたしが次の言葉を見つけられないでいると、その子はまたじっとあたしを見て「るいってこんな人が好みだったんだ」とつぶやいた。