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第四十四話

六時に体育館裏の、部室が並ぶ場所に着いた。

古い建物だった。建築当初から塗り替えられていないコンクリートの外壁には、雨だれの跡がランダムな縞模様に残っている。

やはりコンクリート造りの波型の屋根は所々剥げ落ちていて、何か人知以外の者が潜んでいそうな不気味な雰囲気をかもし出していた。部室の建物の横に大きな樫の木が五本ほど並んでいる。鬱蒼と茂る常緑樹が夕日を遮り、辺りが薄暗く見えるから余計怖さが増した。

自分の気分が重いせいでそう感じるのかも。なるべく周りを見ないようにしよう。私はいくつも続く各部室のドアを確認しながら歩いた。目的の部室は建物の一番奥、焼却炉の横にあった。ドアに直接「まんが研究部」と黒のマジックで書いてある。

コンコン、とドアを叩いてみる。でもなぜか返事がない。いないのかな。一瞬このまま退散して、また明日にでもしようかな、と思ったけど、明日もこの緊張感が続くと思うとうんざりした。嫌なことは早く終わらすに限る。

とりあえず、ドアノブを回してみた。──開いた。もう少し開けて、一歩、中に入ってみる。ツンとくる変な臭い。……前に大泉から嗅いだにおいと同じだ。

「大泉くん、いる?」と言いながら中に入る。部室の中はせまい。本棚や長机、その机に乗った雑誌や絵を描いた紙が薄暗い中確認できた。掃除が行き届いていなくて埃っぽい。もう一歩中に入って、もしいないならもどろうと思った。人の気配は全くない。

引き返そうとした時、長机に乗っていた箱が突然落ちた。A4の紙が入る程度の大きさの箱には『大泉のモノ。あけるな』と書いてある。箱はもともと白だったのかもしれないが、今は手垢で薄茶色に汚れていた。その箱が、カタカタと揺れた。まるで誰かが見えない手で箱の蓋を開けようとしているみたいだ。私は一歩下がった。

でも逃げる間もなく蓋が開く。そして中に入っていた紙が私の前に広げられた。パラリ、パラリ、と一枚一枚目の前の床に置かれていく。どうぞ見てください、と言うように。

広げられた紙には、絵が描かれたものと写真が印刷されたものがあった。写真に撮されたものは、薄闇の中でも直ぐに分かった。

私だ。私の写真が何枚も印刷されている。

制服姿の私。体操着の私。私服姿の私。どれも多分、望遠のカメラで撮られている。教室の中の姿は一枚もない。すぐ近くでカメラを構えていたらバレてしまうからだろうか。

私服の私は買い物袋を下げていて、うちの近所を歩いている所だ。大泉は学校以外の場所でも、私をつけていた事になる。

絵の方は、よく見ないと分からなかった。全部鉛筆で描かれているので線がはっきりしないから余計だ。描かれているものなど、確認したくはなかった。でも思いとはうらはらに私の目はそれを捉えてしまった。

紙には女の子が描かれている。漫研なのにアニメ風の絵で、女の子はみんな同じ子だ。短いくせ毛で扇情的なポーズをとっている。お世辞にも上手い絵だとは言えなかったが、描きたいものは分かった。スカートがめくれて下着があらわになっているもの、男物のブカブカのシャツを着て肩を出して振り返っているもの、ほとんど裸のもの……。

そのどれもが、私だった。おそらくとか、多分とかではなく、明らかに私だ。

体操服姿の私を描いた絵には、胸元に「らん」と書いてある。名字ではなく名前で。大泉は一体、このコレクションを見て何をしていたのだろう。

猛烈な嫌悪感で体がガタガタ震えた。ここにいてはいけない。幸い大泉はいない。今の内に逃げよう。嫌がらせの犯人は、もっと違う方法で確認すれば──。

瞬間、ガンッと音がして頭がしびれた。衝撃で立っている事が出来なくて、膝をつく。今度は背中をドンッと思い切り押されるような感じがした。でも誰かの手のような感触はしない。空気そのものに押された感じ。

勢いで、横ざまに部室の中に倒れ込んだ。体の下で自分の写真と大泉の絵がビリリと小さく破れたのが分かった。

なに? 今の……と思って目を開けたけど、衝撃と貧血気味だったせいで焦点が合わない。そしたら、今度はカチャカチャと音がする。自分のお腹のあたりで鳴ってる……。

ベルトが──とかれた。

一気にズボンを引きずり下ろされた。とっさにベルトを掴んで、ひざのあたりで止める。急いで元にもどそうとベルトを上にあげようとしたのに、恐怖のあまり手が震えて上手くいかない。頭に血の気がなくなり、余計目の焦点がぶれていく。後ろでギィ……とドアの軋む音が聞こえた。

ざり、と砂を踏む音と共に、「楠本……」と言う大泉の例のねばっこい声が聞こえた。ドアの方に視線を投げた。なんとかぼんやりと出口が見える。

ドアを一歩入った所で大泉が目を見開いてこちらを見ていた。