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第三十三話

「流は父である日神から、すでにかなりの〝知〟を受け継いでいる。しかもこいつにはヒーリングの力がある。ヒーラーとしての流の凄さはすべての傷を完璧に治癒することが出来る力だ。他にもヒーリング能力のある導師もいるが、流ほど完全に傷を癒せる者はいない。

星導師も地上の管理で傷を負った者は、流に治癒してもらうと元に戻れると言って、行列が出来ることもあるんだ。能力はそれぞれだが、すべては身体が資本だからな。これで覚醒したら死人を生き返らせることが出来るんじゃないか、とみんな期待している。まぁ現時点でも、流は聖界で一番の存在なんじゃないか、と俺は思っている」

リトに言われても、流は全く何の反応も示さず、立ちあがった。自分が流のピュアであることにますます不安と恐怖がつのる。

「さあ帰ろう。送って行くよ。少しでも眠らないとダメだ」

流はそう言って私に手を差し伸べた。

「お前、それ練習着じゃないか。着替えて来いよ」

そのままでも十分カッコよかったけど、リトはわざと言ってくれたんだ、と思った。だから私は、何も言わなかった。流は着替える為に部屋を出て、二階に上がって行った。そして、私は、リトに訊いた───



月明かりが公園の木々に優しく薄い影を与えている。流とリトの住む家は、公園のすぐ横にある、古いけど手入れの行き届いたレンガ造りの洋館だった。意外にも近い場所に住んでいて、驚いた。実は蘭の近くに居たくて引っ越したんだ、と流は白状した。

「本当はアパートの空き部屋に入りたかったんだけど、リトが俺はうさぎじゃないってゴネた。まったく、我ままだよな」

流は黒いTシャツに青い襟付きのシャツをはおっただけで、下は黒のジーンズに履き換えていた。髪も編んである。靴も黒が基調の青いラインが入った物で、同年代の男の子達が普通に着る服となんら変わりはなかった。

だからこそ余計、美しさが際立った。ドキドキするけど、自分が隣にいるのが情けなくなった。どうしようもなく、つらくて苦しい。流は私を見降ろすと、スッと左手を出してきた。

「……ホモカップルになっちゃうよ」

私は囁いて手を取らなかった。言ってて、涙が滲んできた。

「男には見えないよ」

流は言ってくれた。月明かりが公園の遊歩道を照らしている。なんでこんなに明るいの? と月を恨んだ。涙が丸見えになってしまう。

「……でも、あたし、胸もお尻もないもん。女の子の象徴でしょ? あたしは流に……釣り合わないよ」

言っていて苦しくて唇を噛む。涙が一筋私の気持ちを裏切って、落ちてしまった。流は突然立ち止まると、私の腕をひいて自分に向き合わせた。両手で私の頬をそっと包む。

「ぼくが最初に蘭を見た時、どう思ったか伝えてなかったよね?」

うん、と私は頷いた。でも理由は、分かっている。信じられないし、信じるのが怖いけど、私が流のピュア、魂の片割れだからだ。

「ピュアだ、と分かったから驚いた。それはあたりまえだよ。でも本当は違う」

私は流が何を言いたいのか分からなかった。また、涙が下に向かって流れる。流の手に私の涙が吸い込まれた。私の顔を見下ろす流の瞳が、深い愛しさをこめてこちらを覗きこんでいる。うれしいけれど、逃げ出したいくらい、怖い。

「すごく、すごく、可愛かったから」

そう言って流は微笑んだ。私の大好きな顔。私は目を見開いて流を見返すだけだった。

「それに魂の輝きが七色に光って、美しかった。こんなに可愛くて、綺麗な魂を持つ子がぼくのピュアだなんて……ぼくはなんて幸運なんだ、と思った。だから目が離せなかったんだ」

そんなの、嘘だ、と思った。私の心はドロドロに汚れている。いつも、いつも周りに嫉妬して、運命を呪って生きている。

でも、口に出すことが出来なくて、また首を横に振った。涙がどうしようもないくらいあふれて、流の手を濡らす。

「蘭は、蘭だ」流は言った。

「ぼくの、たった一人の、大切な宝物だ」

私は我慢できなくて、流の手の中で下を向いた。スーパーで買ってきた荷物が足元に落ちる。自分の両手を握りしめて、両目を覆った。嗚咽がもれてしまうのが嫌だったけど、無理だった。

流は私を抱えるように抱いた。そのまま、黙って抱きしめていてくれた。私の涙が、なくなるまで……。