第三十二話

流も私も、息を止めてリトを見た。リトはグリーンの瞳でひたと流を見つめて言った。

「邪≠笳魔ヨのいやがらせの犯人を俺たちに見せないようにする能力が、段々強まっているように感じないか? もしかしたら霊魂は、それこそ邪≠フように誰かに取り憑いて、悪意を喰って大きくなっているのかもしれない」

リトは脚をくんで片手で顎をつまんだ。

「俺たちに邪≠フオーラも、流に蘭の気配も感じさせない……」

リトは視線を流に向けた。

「実際にそれが薫の仕業かどうかは……分かっていない。どちらにしても逃げた薫はお前を探すだろう。それなら多分──いや、確実にここに来てるぞ」

私はゾッとして、震えた。薫という人は今の話によると何か明確な罪を自らの意思で犯したとは、思えない。ユリと言う子と結ばれたにしても、まさか相手が爆発して死んでしまうなんて知らなかっただろう。

でもここにいる、と思うと単純に恐ろしかった。今でもどこかからこちらを見ている気がする。

流を……そして私を──。

全身が鳥肌立って来たので、流が手を離して今度は肩を抱いてくれた。そして深い苦しみを抱えた声で言った。

「薫は、ぼくを憎んでいる。ぼくのせいだ、薫が狂ったのは。もっとぼくがちゃんと薫を見ていれば……!」

「自分を責めて苦しむのは勝手だが」

リトは腕を組んで流を見る。

「自尊心の強い星導師は、普通はそこまで他人に頼らない。薫は最初からお前に頼りすぎた。覚醒もしていないお前が冷静に物事に対処し、癒やしで人を守っているのにも、ものすごくコンプレックスを感じた。

日神がお前に深い愛情を持っている事にも、強い嫉妬心を抱いた。要するにヘナチョコなんだ。次に自分がどうすべきかを考えず、いつもビクビクして人を羨む」

リトのその言葉を聞いて感じたのは、まるで……私そのものの姿だ、ということだった。いつも、いつも、コンプレックスに押しつぶされそうになる。

「やはり、聖界も弱って来ているのか……」

リトのつぶやきに、ある疑問が浮かんだ。聖界が弱るから、人間もおかしくなるのか……。それとも人間界が弱っているから、聖界も弱まる? どちらだろう。

「蘭」と流に言われて顔を向けた。

「もうかなり遅い時間になってしまった。ごめん。明日も学校があるのに」

学校の事なんてそれこそ、銀河の彼方にぶっ飛んで、逆に遠い世界の事のように感じていた。でも時間は止まっている訳ではない。明日は、生きてさえいれば、訪れてしまうのだ。

「夕食も取ってないね。すまない。ぼくたちは食事をしないから、考えが回らなくて」

正直、空腹感なんて全然感じなかった。それどころではない、という状態。

「食事をしないって……何も食べないの?」

「うん、水分も口にしない。ぼくは人に紛れて生きているので、どうしてもって時は飲み込むけど──おいしいとは思わない」

道理で流は昼食の時間にいない訳だ。それでは何を、栄養源に生きているのだろう。

「俺達の身体を形作っているのは知≠セ」

リトにち≠ニ言われて一瞬おののいた。まだ、さっきの薫のイメージが残っている。

「ち、と言っても、知識の知≠セぞ。俺達星導師は基本的に上下関係がなく、みな平等だ。命令されてではなく、納得しないと動かない。星導師にランクがあるとすれば、それはいかに多くの知識を持っているか、だ。

誰かが違う星導師に頼みごとをする時は、相手に自分の知識を分ける。知識が増えると能力も高まるし、みんなから尊敬される。今回俺は流のお守りの代償に、日神から知識を分けられた。それは空中から金属を造り出す方法だ。これで息子におもちゃの車を作ってやれる」

「こっ……子持ち!?」

思わず私は怒鳴ってしまった。この(喋らなければだけど)、麗しい美少女の容姿をしたリトが、奥さんと子供に囲まれている姿は、いくら頑張っても想像できない。リトの顔はさっきまでの偉そうな雰囲気が消えて、本当の天使のようになった。

「妻のリーリアは最高の女だ。息子のロイはこの命にも代えがたい存在だ」

リトの瞳はますます柔らかく輝きを増す。聖界の者にとって、ピュアはそこまで大切な存在なのだ。そして、人間なら子供を授ける……。

でも、私には──