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第三十一話

過去の思い出をたどる流の顔は苦痛に歪んでいた。

思い出したくない思い出を語らせるのがつらくて、止めようとすら思った。でも流の言葉はそのまま過去を語り続ける。

「薫は、ユリはおれのピュアだ、と何度も何度も繰り返した。ユリは強い意志を持っている。だから弱いおれを強めてくれる、と。それは違う、と言っても耳を貸さない。その日薫はそのまま、出て行った。そして次にぼくの前に姿を現した時──」

さらに深まる苦悩の表情……。

「薫は──血まみれだった。そして、ユリと結合した、と言った。ユリも同意したから結ばれた、と……」

流の手は震えていた。ますます握る手に力が入る。

「聖界の者が人間と……結ばれる時は、正式に儀式を通す。本当のピュアなら儀式などしなくてもきちんと結合出来るけど、やっぱり儀式をした方が人間側に負担が掛からない。

……でも、聖界の者がピュアでない人間と結ばれようとすると考えられないような事が起こる、と薫の事件で発覚した。今までピュアでない者と結ばれようとした星導師など、一人もいなかったから」

流は一旦息を止めて、スウッ息を吸い込むと、吐き出しながら一気に言った。

「ユリは薫と結ばれた時、爆発した」

──爆発!?
人間が……爆発なんてするの?

「文字通り、爆発して粉々になった。なんでぼくを好きだ、と言ったのに、薫と夜を共にしたのか……全く分からない。薫は追いつめられていたけど、強引にそこまではしないと思う」

思いたい、と言う顔だった。

「多分、ユリが誘ったんだな」

言ってリトはおぞましい臭いでも嗅いだように鼻にしわをよせた。

「薫はユリにとって、便利な存在だった。我儘を何でも聞いてくれる。プレゼントも、もらい放題だ。流に相手にされないと分かって、一旦は薫の利用価値もなくなったと思ったんだろうが、失うのはもったいないと考え直した」

そんなことを思うだろうか……。私にはさっぱり理解できない。

「ユリの血液と肉片を体中に浴びたまま、薫は笑った。これでおれは覚醒した、お前なんかより強くなった、と」

流の苦悩の表情に深い哀しみが加わる。

「いつも偉そうに人を見下しやがって、と薫はぼくに言った。いつまでも子供扱いで一人前に見てくれない。聖界の奴らはみんなそうだ、と。でもこれでおれはお前を超えた。だからおれと勝負しろ、という。

ぼくは意味が分からなかった。勝負と言っても何で勝ち負けを決めるのか……。でも薫は血まみれのまま、歯をむいて訳の分からないことを叫びながら、ぼくに飛びかかってきた。口の中にも血と肉片があるのが見えた」

私は流に身体を寄せた。なんだか流が寒くてたまらなそうに見えて、可哀想だった。流は少し微笑んで私を見て、また苦痛に顔を歪めた。

「日神であるぼくの父は、瞬時に大勢の星導師を集め、薫を拘束した。聖界の中に、始まって以来の動揺が起こった。誰かを拘束するにしても牢屋もなにもないから、結局七人の神々が一つの場所に小さな家を造り、交代で封印することになった。

でも、薫は何度も外に出た。なぜそんなことが出来るのか……。例えバリヤーの能力を使ったにしても、相手は神々なのに……」

「人間と結合して、血を飲んだからだろ」リトが言った。

「覚醒とは全く違うにしても、人間との結合と血には、聖界の者になんらかの力を与えてしまうのかもしれない。血を飲もうなんて星導師は今までいなかったから実際どういう結果が出るのかなんて、神々ですら知らなかった、と言う事だ」

そう言ってリトは床を睨む。

「結局神々は、薫を完全に封じる事ができなかった。薫の身体はいくら洗い流しても血を綺麗に落とすことが出来ないらしい。新たな能力なのか薫は逃げる時、霊魂だけ何か……影の様なものに変えて、先に牢から出る。

そしていつの間にか身体も外に出る。霊魂を追いかける身体は……粉々になるように見えるそうだ。一度バラバラに身体を変えて、外に出て霊魂と共にまた人型を取る」

影、と言われて鳥肌立ちながら、ふと思った。トイレで見た影……私の足を切ったあの……。

「そして叫ぶ」リトが続ける。

「流はどこだ、おれと戦え、おれのピュアを返せ、と。逃げては捕らえ、捕らえては逃げ……。こうなったら消滅させようと言う話も出たが、神々は躊躇った。なぜなら聖界の者たちはお互いをとても大切にするからだ。薫は一番若いから、なおさらだと思う。

でも先日、薫は本当に逃げてしまった。今回は霊魂だけだ。肉体の方はまだ聖界にある。俺も見たが、まるで……少女の様に美しい寝顔だった。血まみれではあるがね。神々はますます消滅を躊躇っている。だが霊魂だけ、というのは気になる」