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第三十話

流は私を見返すと、哀しそうに微笑んで話を続けた。

「薫は──おれのせいじゃない、おれが悪いんじゃない、と言ってますます閉じこもった。ぼくは自分の力が足りなかった可能性もあるし、薫を責める気にはなれなかった。父は──日神はさすがに薫に不快感を示したよ。でも薫は叱責を受けたわけじゃない。もう少し頑張ってほしい、と言われただけだ。

薫はぼくに……こんなにたくさんの人間がいるんだから、一人や二人救っても意味なんかないと言ってきた。そして今度は急に、能力を髪に編んで人型をとって人間界で過ごすことが多くなった。

ある日、薫はとても生き生きして帰ってきた。どうしたんだ? と聞いてもしばらく教えてくれなかった。そして数日後、ピュアを見つけたと思う、とぼくに言った」

流は私の手を握っていない右手を顎に当てた。

「薫はこの世界で、あまり長い間は人型を取ることが出来ない。一日人間界で過ごすと、三日間くらいは解放したままだ。だから最初薫はぼくに、ピュアとの仲介役を頼んできた」

流は一旦言葉を切って、憂鬱そうな顔をした。

「薫がピュアだと言ったのは、ユリという高校生だった。ぼくはユリが通う進学塾に入塾して、近づいて少し話をするようになり、友達が君のことを気になっているから紹介したい、と言った。

ユリは嬉々として、会いたい、と言ってきた。彼女は自分の容姿に自信があって街で何度もスカウトされたんだ、といつも自慢していた。みんなといても押しが強く、気が弱い子を押しのけて目立つようなことをする。

薫が彼女のどこに──魅力を感じたのか……分からない。ぼくにはユリの魂は、それほど美しく感じられなかった。でも薫が強く望んだので、ユリを紹介した。ユリと薫は週に一度の約束でデートするようになった。

最初ユリはぼくにも一緒にいて欲しがった。もちろん、ぼくは断ったよ。薫がどう思っているにせよ、ピュアならいずれぼくにも分かるだろう、と思って特に様子も見なかった」

流は握っていた私の手にもう一方の手を重ねた。暖かくて安心する。

「薫はその内、彼女に色々な物をプレゼントするようになった。ぼくたちが地上で暮らす時には、当然人間界のお金が必要になる。大体は株の売買をやって利益を貯蓄しておいて、必要に応じて引き出すことが多いのだけど、聖界に転がっている石を持ってきて売ることもある。

こちらでは希少な石らしく、かなり高く売れる。薫は頻繁にその石を持ってきて、金を作り彼女にプレゼントを贈った。ぼくは……なぜそんなことをするのか、実を言うと理解できなかった。でも今なら分かる」

流は突然、私を見た。その瞳に柔らかな甘さが宿る。

「蘭が望むなら、ぼくは何でも用意する。何か欲しい物がある? 蘭の為なら、星の花束でも用意するよ」

ビックリしてブンブン首を振った。生活に必要な物なら、一応そろってる。携帯が欲しいけど、それはどう考えても流が用意する物じゃない。星の花束は……魅力的だけどなんか持ち切れなそう。見てみたい気はするけど。

流はふっと笑って、また話を続ける。

「ぼくは塾も辞めていたし、ガードの仕事に専念していたのでユリには全然会ってなかった。ある日薫が言いにくそうに、ユリがぼくに会いたいと言っている、と伝えてきた。

とりあえず薫が会う約束の日に一緒に行った。そこで二人の間にピュアが存在しないことが分かった。ユリは薫に、少しぼくと二人だけで話したいからあっちに行ってて、と言った。そしてぼくと二人になると、彼女は……」

流はつらそうに眉をよせた。思わず、私は流の手を握る力を強めた。流も力をいれてくれる。ギュウッとくる痛さが、逆に心地いい。

「……ぼくを、好きだ、と言った。本当は薫よりぼくと……付き合いたい、と。無理だ、ときっぱり言ってその日は帰った。彼女が薫になんと言ったか知らない。でも帰ってきた薫はぼくを責め立てた。流は日神の息子だから特別なんだ、だから他人の者であるピュアですら奪う、と」

私は重ねられた流の手の上に、もう一方の自分の手を重ねた。そうすることしか、できなかった。