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第二十九話

「ホントに……初めて見たな。こんなに早くて強い結びつきは──」

リトの言葉は、最後は小さくかすれていった。リトらしくない感じ。私はリトの隠された想いを垣間見た気がした……。

「大泉には、気をつけて」

いきなり流が言った。私のすぐ近くから澄んだ眼差しが見返してくる。

「なんで? ──大泉くんは……なんなの?」

「奴には〝邪〟が取り憑いている」リトはそう言うと苦々しげに顔を歪めた。

「普通の〝邪〟なら、俺達の監視があればそうそう悪さはしない。腐臭を放ち、周りに不快な気分を起こさせるような行動を取り憑いた人間にやらせるくらいだ。さっきみたいに〝邪〟そのものがフラフラ出てしまうこともあるが、あれほど大きくなっていると宿主に愛着が湧いていて〝邪〟もすぐに宿主に戻ってくれる。

でも今回は……いつもと違う。俺は大泉を見張っているのに、時々見失う。蘭への嫌がらせも、誰がやっているのか追おうとしても見極められない。嫌がらせの犯人は大泉ではないと思うが、確信がもてない。すごく嫌な感じだ。ここまで分からないとなると誰かの能力が働いている、としか思えない」

言って、リトはチラリと流を見た。

「──薫が……逃げたのはいつだ?」

低い声で流が聞いた。

「俺がリーリアに確認したら、はっきりとはわからない、と言われた。そんなに前じゃないらしい。多分、お前が蘭と……」

「出会った時、か」

リトの言葉を流が継いだ。私はまた会話の意味が分からなくなって、二人の顔を交互に見るしかなかった。流は一瞬ギュッと目を閉じると、私に視線をよこした。

「薫は──ぼくのパートナーだった。リトの前の」

そう言った流の顔には、悲しみと恐れが浮かんでいた。

「薫にはバリヤーと呼ばれる能力がある。ぼくたちは今、ブレイカーと言われる立場にある。〝邪〟を破壊するからだ。でも薫と組んでいた時には、ぼくたちはガードだった。人間の安全を守護する役目だ。

薫の能力は分かりやすくいうと、目くらましだ。傷を負った人間にその衝撃が心に強く残らないようにバリヤーを張って、防護する。人間が苦痛を感じず記憶を強く残す前に、ぼくが治癒する。

特に幼くして襲われてしまった子供達に使っていた。自身の欲望が開花されていない内に、残酷な大人の欲望を無理やり味わわされるなんて、許されるべきじゃない。絶対にダメだ。覚えていても、本人にとって恐ろしいほどの苦痛をもたらすだけだ。

だから起こってしまったことを変えることは出来ないけど、ぼくたちはなんとか記憶の衝撃を和らげることを実行した。──でも、薫は疲れてしまった。何度やっても、また同じような事件が起こる。つらい、つらい、といつも言っていた」

「薫は〝最後の子供〟だからな」

「最後の……子供?」リトの言葉に私が訊いた。

「まぁ、子供、と言うには語弊があるか」

リトは言うと、また脚を組みかえた。

「薫は俺と同じく、聖界で生み出された純粋培養品だ。俺達が聖界で創られる時には、地上の材料を色々使う。でも年々、創られた者の……いわゆる精神が弱くなっていった。俺は地球の汚れが原因なんじゃないかと思っているけどね。特に理由はわからない」

要するにメンタル弱過ぎなんだ、とリトは言って続けた。

「俺の仲間を増やすにも以前より余計、創るのが上手くいかなくなっている。薫は俺達の中で一番若く、薫以降に命を持てた者はいない。だから〝最後の子供〟なんだ」

「薫は」流が続ける。

「自分の弱さを知っていた。弱いから苦しい想いを抱えていつも心がザワザワする、と。だから覚醒を強く望んでいた。覚醒してなくても強くていいな、とよくぼくを羨んでいた。薫のピュアは地上に落ちていたので、ガードしながら薫はピュアを探した。そして──見つけた」

そこで一度言葉を切る。

「見つけた、はず……だった」

はずだった? どういうことなんだろう。

「最初にピュアが分かるのは本人だけなんだ。人間にはわからない。ただ人間は、相手にとても……愛おしい感情を持つ」と言って、流は優しく微笑んで私を見た。私はもちろん、真っ赤になったけど、こくん、とうなずいた。

「だから、薫がピュアを見つけた、と言った時ぼくには……わからなかった。ぼく達星導師は、人間の魂の色、オーラは分かる。ピュアかどうかは分からなくても、オーラの色が綺麗ならなんとなく見わけがつく場合もある」

「蘭の色は、色気があるぞ」

突然リトが言ったのでビクッとした。──段々、この人の性格が分かってきた気がする。私はキッとなってリトを見て、思いっきりベーッと舌を出してやった。

リトは面食らって一瞬目を見開いてから、次の瞬間天を仰いでわはは、と笑った。流も笑って私のおでこに優しくキスしてから、話を続けた。

「ピュアと触れ合い、結合が進んでくると他の星導師にも魂の形が見えるようになる。でも薫がピュアだと示した相手との間には、魂の形はしばらくたっても現れなかった」

流の瞳は過去を思い出すように、私から離れ、下を見つめた。

「薫と、薫がピュアだと言ったユリという子との出会いは、ぼくは知らないんだ。あの頃薫は、ガードの仕事をなんとなくいい加減にするようになっていた。記憶を残すタイミングが以前より雑になって、ぼくが肉体を癒やしても、精神に強く衝撃が残ってしまう子供が出てきてしまった。薫は、どうせ流が身体を治すんならそれだけで十分だろ? というようになった」

はぁ、と流がため息をついた。

「心の傷というのは、年月が立って出ることも多い。だから出来ればきちんとバリヤーを張ってほしい、と薫に頼んだ。薫は疲れるからしばらく休みたいと言ってきた。ぼくは薫に治癒を施したけど……身体の方は全く問題なかったのであまり効果は得られなかった。その内薫は出かけることすら嫌がる様になって、部屋に籠ることが多くなった。仕方がないからぼくは自分だけで治癒が必要な人を探して、治した」

流は自分の手に視線を落とした。

「ぼくは人を癒やすとダメージを受ける。他の星導師に気を送ってもらわないと数分から数時間、あまり動けなくなる。癒す傷や病の程度にもよるけどね」

流は私を見た。

「蘭は、治しやすい。さっきくらいの傷ならほとんど辛さは感じない」

私は流の甘い瞳を捕らえて、また赤くなってしまったけど、ほとんど、ということは全くダメージを受けない訳じゃないんだな、とボーッとしながら考えた。

「ぼくは人を癒やして疲れると、薫に〝気〟を送ってくれるように頼んだ。でも薫は、流はおれと違って強いから、おれの力は必要ないだろ、と言って助けてくれなくなってきた。そしてついに恐れていた事が起こった。薫がバリヤーを張ったはずの十二歳の少女が──自殺したんだ」

私は息を飲んで流を見た。ぼうっとした頭が急にハッキリした気がした。